第44話

「1番はお金。

 次に興味本位。

 でも…やっぱりお金かも…。

 働き始めたけど、上手くお金を貯められなくて…」


彼女は垂れ下がった横の髪を、細く白い指で耳にかける。


「職場の友達が、パパ活をやってて。

 簡単にお金が入るし、美味しい料理も奢ってもらえるし、上手くいけばブランド物貰えるよって。

 今思うと、かなり浅はかだった…。

 友達に教えてもらったやり方で募ったら、目を疑いたくなるくらい、声をかけてもらって。

 ただご飯を一緒に食べたり、お出かけしたり。

 『簡単』だったの。

 体の関係や、愛人の話を持ち掛けられた事もあるけど、そしたらブロックすればいいだけ。

 みんな…優しかった…」


その表情は怖いくらいに穏やかだったし、悲しいくらいに寂しそうだった。


「慣れた頃に、今日逢った人に知り合った。

 優しくて、ちゃんと大人の扱いをしてくれて…。

 ちゃんとあたしを見てくれたの。

 それが嬉しかった。

 嬉しかったんだけどね」


困ったような表情になったまま、困った声。


「何度か食事に行って。

 体の関係を求められる訳じゃなかった。

 手を繋ぐ事はあったけっど、嫌でもなかった。

 あの人には、奥さんも子供もいるのに。

 あたしも、何処か心地よさを感じてた」


泣きそうな顔になった。

私はただ、それを黙って見ていた。


「パパ活に慣れた気になってた。

 バカだよね。

 そしたら今日…。

 いつもみたいに、ご飯を食べて終わりだと思ってた」


遠くを見ながら。


「駅で待ち合わせて。

 逢ったら、いつもと違くて。

 笑顔は同じだと思ったけど、目が…瞳が違った。

 獲物を狙う、獰猛な動物のような…」


彼女はそこで口を閉じた。

瞳が恐怖の色に染まっていく。


「最初は普通の挨拶をした。

 彼も普通だったけど。

 『そろそろいいよね』って。

 最初は意味が解らなくて。

 『こんだけ尽くしたんだから、そろそろお返しが欲しい』

 言いながら、あたしの胸や下半身を見て…」


缶ビールを持ってない手で、片方の腕を抱く。


「逃げなきゃって思った。

 思ったけど、怖くて動けなかった。

 そうこうしてたら、『近くのホテル、取ったから行こう』って。

 気付いたら肩を抱かれてた。

 ああ、逃げれないんだろうなって…」


憂い。

声が悲しみ色に染まっていく…。

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