第41話

時刻はもう少しで日付が変わる頃。

重苦しい空気のまま帰宅した。

いろんな事がありすぎて、心身ともにお疲れモードだ。


部屋に上がるなり、冷蔵庫に向かうと扉を開け、冷やしておいた缶ビールを取り出し、勢いよく開けるとそのまま飲んだ。

渇いた喉を駆け抜けていく苦みが、いつもより濃く感じた。


遅れて彼女もやってきた。

表情は暗く、疲れた様子だ。

まあ、無理もないのだが…。


「今風呂の用意するから、座って待ってな」


私の言葉を聞き、少し下げていた顔を上げた彼女は、私と視線を合わせると静かに頷き、ソファに座った。

それを見届けてから、私は缶ビールを持ったまま風呂場に行くと、風呂の用意を始めた。


彼女に今回の出来事の経緯やらを、聞いていいのだろうか。

お湯を張るボタンを押し、洗面台に腰を掛けて考える。

流石に事が事だし、言いづらい事なのは解っている。

けど、このまま有耶無耶にしたままなのは、よくない気もするし…。


ビールを飲みながらあれこれ考えていると、座っていた筈の彼女がこちらに来た。


「どした?」


私の顔を1度見た彼女は、そのまま視線を反らした。

私は首を捻る。


「風呂なら、まだ溜まってないから入れないぞ」


彼女は黙ったまま、立ち尽くす。

彼女がどうしたいのか、さっぱり解らない。


「風呂の準備が出来るまで、何か食う?」


彼女は首を左右に振る。

まあ、食欲なんてないか。


「……なさい」


それはとてもとても小さな声で。


「ん?」


「ごめんなさい」


今度はきちんと聞き取れる声で。

さて、何て返すのが正解だ?


「…うん。

 まずは命があって何よりだ」


彼女は頷く。


「…今回の事、聞いていいか?

 言いづらいなら、掻い摘んだ事だけでもいいから話してほしい…と思う。

 無理にとは言わんけど、事が事だから」


そこで私は、1度口を閉じた。

あくまで普通に、あくまで冷静に。

私が余計な事を言って、余計に彼女を傷付けるような事はしたくない。


「…話す。

 話せるから大丈夫」


彼女は何かを決意したような顔で、私を見た。


「…解った」


と、タイミングよろしく風呂が沸いたとアナウンスが流れる。


「とりあえず、風呂入っちゃえ。

 話は落ち着いてからにしよう」


再び彼女は頷いたのを見て、私はその場を後にした。

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