第40話

ドアが開くまで、少々の時間を用いた



漸く開いたドアの向こうから、やや息が荒い男性が顔を覗かせた

風呂上がりなのか、バスローブを纏っていたが、取って付けたように思えた



「何だね?」



明らかに怪訝な顔をしていた男性



「お休み中にすみません。

 お連れ様のご家族の方が、お見えになっていまして」



瞬間、男性の顔に驚きの色が滲んだのを見逃さなかった



「部屋には誰もいない。

 人違いか、間違いだ」



言いながら、男性はドアを閉めようとする

咄嗟に足の先をドアの隙間に突っ込んだ私に、更に驚く男性



ドアに手を掛けた私は、渾身の力でドアを大きく開いた



男性がよろけた

私は部屋に踏み込んだ



つかつかとしっかりとした足取りで、部屋の奥へ



ベッドが見えて、彼女が見えた





彼女の服は、

乱れていた





私の頭の中の線が、何本か同時に切れた



私はドアの方に戻ると、男性のバスローブの襟元を力いっぱい掴んだ

そして、渾身の力で彼の顔を殴った

無意識に握り締めていた拳で



初めて人を拳で殴った

頭に血が上っているからか、痛みはなかった



男性は何が起きたか解らないという顔で、殴られた頬を押さえながら、怒りに染まった私を見ていた

女性スタッフが、慌てて私を制した

私は暴れたりしなかった



「森…本さ…ん」



気付いたら、彼女は…君が傍にいた

泣いたのか、頬は濡れていた



「…何やってんだよ、バカ」



私の言葉を聞いた彼女は、すぐに泣きだした

怒られた子供のように



乱れた服もそのままに、君が抱き付いてきた

抱き付かれた拍子に、よろけて2人で座り込む



私の理性が、漸く忘却の彼方から帰ってきて、自分も落ち着き始める



女性スタッフは、君の背中を優しく摩ってくれて

私は大きく、息を吐いた



すぐに数人の男性スタッフがやってきて、男性は何処かに連れて行かれた

入れ違いで女性スタッフがやって来ると、さっきまで君が着ていた服を持ってきてくれた



泣いている君に服を指さし、着替える事を促す



「もう、大丈夫だから」



私の言葉に、君は泣きながら頷くと、朧げな足取りで立ち上がる

すると背中を摩ってくれていたスタッフも立ち上がり、君に寄り添いながら奥に行った



私はまた大きく息を吐いて立ち上がり、彼女を待った

着替えた彼女とスタッフと共に、部屋を後にする



殴った男性を訴える事はしないと、君は言った

自分にも落ち度があるから、と



時刻は21時を過ぎていた

疲れた私達はタクシーを呼んでもらい、乗り込むと自宅まで届けてもらったのだった

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