4日目/少しだけ、近付いたと思う『距離』

第38話

さて、どうしたもんか。



彼女の口の動きから、『たすけて』だったのではないかと推測してみた。

ここから私は、どうするべきだろう。

考える時間はあまりない筈で。


これから彼女に起こるであろう事は、あらかた想像はつく。

そうなる前に、何とかしなければ。


先程、男性はレストランに向かったのではと勝手に推測したが、万が一既に部屋で待っていたら?

だとしたら、なかなか笑えない状況だ。


考えろ。

何とか回らない頭を回転させる。

もっともっと考えろ。



…とりあえず、フロントに相談してみよう。

こういうところが、何処まで話を聞いてくれるかは解らないし、一か八かで賭けるしかないか。


1度呼吸を整えてから、フロントへ向かう。

業務的な笑みを浮かべながら、私より少々年上の女性が対応してくれた。


「いらっしゃいませ。

 ご予約のお客様ですか?」


聞き取りやすい、はきはきとした声だった。


「いや、いえ、予約ではなくて…。

 先程、歳の離れた男女が一緒にやって来たじゃないですか。

 2人が何階の部屋なのか、教えていただきたいんですけど…」


「…失礼ですが、お客様は先程のお客様と、どのようなご関係でございますか?」


どのようなご関係…。

男性とは全くの他人で無関係。

彼女は…彼女は?


「えっと…その…さっきの子は、私の…い、もうとでして」


咄嗟の嘘にしては、ましだと過信してもいいのではないか?

言ってから、相手の出方を固唾を飲んで見守る。



「左様でございますか」



相手は疑いの表情から、少し前に見せた業務的な笑みを浮かべた。

ほっとした。

…脇から変な汗、出ちまったじゃん。


「どのようなご用件でしょうか?

 言付けでしたら、こちからお伝え致します」


「言付けではなくて…」


あ~、じれったい。

周りには他に客がいない。

それを良しとして。



「妹が知らない男性と部屋に行ったので、良からぬ事が起きてないか心配で」



私の言葉に、女性は途端に表情を強張らせる。


「そ、それは…本当の事でしょうか?」


「この場でつまらない嘘をつく気はありません。

 事は一刻を争います。

 今だって、どうなってる事やら…」


言いながら、自分もやや気持ちが乱れる。

最悪の事が起きていない事を、只々祈るばかりだ。


女性の顔が、見る見る内に青ざめていく。


「し、しかし、確証がないですし、私では何と判断していいのか解りませんので、上の者をお呼びします」


「何でもいいから、早くしてくれ。

 時間がないんだ。

 警察を呼ぶかは、そっちで決めてくれ。

 大事にする気はないし、なるべく穏便に済ませたいとは思ってる」


私達のやり取りを見ていたのか、キチっとスーツを着込んだ男性スタッフがやって来た。


「お客様、何かお困り事でしょうか?」


またしても業務的な笑顔。

もうお腹いっぱいだっての。

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