第24話

私が困っていると、彼女は顔を上げた。



「ありがとう!」



ちゃんと笑った彼女を見たのは、これが初めてではないか。

不安と孤独に彩られていた表情が、嘘みたいだ。


目を細めながら、白い歯を見せながら、屈託のない笑みを浮かべている。

私は最近、こんな顔をして笑ったっけか。

いや、笑ってない。


「やっぱり、森本さんは優しいね」


何をもって、私を優しいというのか、さっぱり解らない。

何だか調子が狂う。

こういうタイプの人間は、自分の交友関係にはいない。


「私は優しくなんかない」


「十分優しいよ」


あどけない声が、私の耳に届く。

子供でもなくて、大人でもなくて。


「ご自由に思ってればいい。

 部屋は物置を使ってくれ」


彼女を離すと、私の部屋の隣にあるへ向かった。

仕事で使う資料とかが、本棚にずらっと並んでいるだけの部屋だ。


「…絵の本?」


「エロ本はないぞ」


「べ、別にいらないし読まないし!」


「掃除は自分でしろ。

 邪魔なもんがあったら、廊下にでも出しとけ。

 必要なものは自分で買え」


広さは六畳くらいか。

小さな収納スペース(小さいクローゼット)と、小さな窓もベランダもある。

2LDKの角部屋に住んでいるのだが、物置を誰かに貸すなんて思ってもいなかった。


「本当にありがとう!」


彼女はずっとご機嫌で、部屋に入り見回す。

と、ベランダの窓に掛かっていたカーテンを開いた。


「陽当たりがいいね」


「しっかりカーテンを閉めないと、眩しくてしゃ~ないぞ」


「洗濯物、よく乾きそう」


「晴れててもたまに小雨がパラつくから、油断すると洗濯物が濡れるぞ」


私の話を、クスクス笑いながら聞いている。

何がそんなにおかしいんだか。


「私の部屋が隣だって事、忘れんなよ。

 仕事中や寝てる時に騒いだら怒るからな」


「騒いだりしないって。

 迷惑は掛けないようにするから」


言葉通り、迷惑を掛けないでくれれば、何も文句はないのだが。


「飯も掃除も洗濯も、自分の事は自分でやれ」


「大丈夫、出来るよ。

 家でもやってたもん」


得意げにいう彼女に、『あっそ』と短い相槌を1つ。


「私は来週から仕事が始まる。

 絶対に邪魔すんなよ」


「解ったから大丈夫だって。

 森本さんも、あたしを信用してよ」


「まだ信用出来る要素がないんだよ」


「さらっと酷くない!?」


「酷くない」





結果的にこうなってしまった。

一緒に住む事になってしまった事を、まずは誰に話せばいいんだろう。

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