第22話

「…どうして、今日うちに来たんだ?

 私じゃなきゃ、駄目な理由とかあるんか?」


思った事を、素直にぶつけてみる。

彼女は零れ落ちた涙を、服の袖で拭き、私を見た。


「解らないけど、頼るなら森本さんがいいって思った。

 悪い人じゃないって思ったから」


どうしてそんなに私を信用出来たんだ?

もしかしたら、悪い人かもしれないのに。


「そんな簡単に人を信用しちゃいかんと思うが」


「森本さんが悪い人だったら、あたしはとっくに何かされてる。

 殺されてたかもしれないし、何か酷い事をされたかもしれない。

 でも、ぶっきらぼうだけど、ちゃんと接してくれた。

 それが凄く嬉しかった」


今度はこちらが口を閉じてしまった。

褒められる事や、良く言われる事なんて、大人になればなる程減っていくから、急にこういう風に言われると驚く。


「あの時、公園で声を掛けてくれたのが、森本さんで良かったって思ってるよ…」


嘘でも世辞でもない、素直な言葉を、彼女は歌でも歌うかのように発する。

…自分には到底出来はしないだろう。


「買い被りだと思うけどな…。

 私はお嬢ちゃんが思ってる程いい人間じゃないし、優しくもないさ」


「森本さんがそう思っても、あたしは森本さんはいい人間だし、優しい人だと思ってるよ」


彼女は少し微笑んだ。

涙さえ輝かせながら、花のように微笑む。


「…そんなん、初めて言われたよ」


「じゃあ、あたしが初めての人だね」


少々誤解が生じそうな物言いだったが、敢えてスルーする事にする。


「…とりあえず、部屋に戻れ」


私の言葉に彼女は一瞬目を大きく開いたが、すぐに笑みを浮かべた。


「ほら、優しいじゃない」


「…勝手に言ってろ」


右手で後頭部を搔きながら、リビングへ戻る。

彼女も靴を脱いで、こちらに来た。


冷めたコーヒーを飲み、乾いた口の中を潤そうとしたが、只々口の中に苦みが広がるだけだった。

立ち上がり台所に行き、煙草を吸って頭を刺激してみる。


「森本さん、1人暮らしでしょ?」


「まあな。

 御覧の通り、同居人はいらっしゃらない」


煙草を持ったまま、ご覧あれと言わんばかりに腕を左右に広げた。


「寂しくない?」


「別に。

 寂しいとは思わん」


少しだけ嘘をついた。

寂しさに慣れる事は、誰もかれも出来ないと思う。

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