第17話

「地元に未練はないし、どっか他の町に行くのもありかなって」


「他にも何か理由があるんじゃないか?」


深い理由がなければ、そうそうに地元を離れる事はないんじゃないかと思う。

それ程大きな出来事がなければ、体は、想いは動かないだろう。


私の問い掛けに、それまでの笑顔が一気に消えた。

痛いところを突かれた、といった感じ。


彼女はカップをテーブルに置くと、膝の上で手を組んだ。

口はつぐんだままだし、視線も静かに反らされた。


察するに、言いづらい事なのだろう。

問いただす必要はないかもしれないが、気になるのも事実だ。

何も知らないままでは、会話も進まないだろうし。



「…話すと長くなるし、つまらない話だと思うよ?」



ぽつりと彼女は呟いた。


「話したくないなら、無理に話さんでいい。

 話せるなら、話せる範囲で話してくれればいい」


私の言葉に少し安堵した彼女は、組んでいた手に、僅かに力を入れたようだった。


「あたしが高校生の頃、親が離婚したの。

 あたしはパパに引き取られた。

 弟がいるんだけど、弟はママに引き取られて。

 弟はまだ小さくて手がかかるから、パパはあたしを選んだみたい。


 パパは結婚してる時から、浮気してる人がいて、その人と再婚したの。

 最初は継母も良くしてくれたんだけど、子供が出来たら一変した。

 段々あたしが邪魔になってったんだね。

 パパは庇ってもくれなかった。

 家にいてもつまらないし、バイトしたり友達と遊びまわってた。

 学校はちゃんと行ったよ。

 ママと高校はちゃんと卒業するって約束してたし」


そこまで話すと、彼女は口を閉じた。

カップに手を伸ばし、一口飲むと、カップを持ったまま、再び話し始めた。


「友達も彼氏もいたし、めっちゃ寂しい訳じゃなかった。

 けど、何かが足りない感じ。

 友達の家は家族が仲良しって聞いてたから、うちとは違うんだなって、悲しくなる時もあったけど…。


 高校を卒業したら、大学に行こうか就職しようか悩んでた。

 パパに相談したら、『ママに養育費を払わなきゃだし、乳飲み子もいるし、金銭面に余裕がないから、手助けは出来ない』ってはっきり言われた。

 奨学金で大学に行く事も考えたんだけど、学びたい事がなくて。

 何の目的もないまま、大学に行くのは嫌だったから、結局進学するのはやめた。


 小さい会社に就職出来たんだけど、イジメの対象にされちゃってさ。

 右も左も解らないし、教えてくれないし、質問しても『そんな事も解らないのか!』って怒鳴られた。

 酷いもんだよね」


彼女は悲し気に小さく笑った。

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