第13話

「ここで待ってて」


駅構内の券売機に並ぶと、東京行の席を取り、発券した。

チケットを彼女に渡す。


「本当にいいの?」


「いいから発券したし、支払いも済ませたんだよ」


チケットを見つめていた彼女だったが、ありがとと小さな声で言うと受け取った。


ホームまで行こうかどうしようか悩んだが、結局入場券を購入し、一緒に改札を抜けた。

平日という事もあってか、サラリーマン姿の人が目立つ。

新幹線のホームに来たのは、数か月前が最後だったか。


新幹線が来るまで、まだ時間があったから、休憩室で待つ事にした。

大きなバッグを足元に置き、彼女は私の隣に腰掛けた。


暫く無言だったが。


「…何から何までありがとう」


視線は前に向けたまま、彼女がぽつりと呟いた。


「知らない人を家に上げたのも、泊めたのも、色々初めてだったよ。

 こんな事、人生でそうない出来事だわな」


そう何度もある事ではないのは確かだろう。

言いながら、心の中で頷いた。


「あたしも…知らない土地で、こんな風に誰かのお世話になるのも、優しくされたのは初めてだった。

 でも…あんたが助けてくれたから、良かった」


「私が変な奴でも、怪しい奴でもなくて良かったな」


ニヤッと笑って見せると、彼女はクスリと笑った。

初めて笑ってるのを見たなと思った。


「あんたみたいに、いい人もいるんだね」


「誰もがいい奴だなんて限らんだろ。

 たまたま運が良かっただけだよ」


「運が良かったから、あたしは無事に生きてるし帰れるんだもん」


そう言うと、彼女は口を閉じた。

再び沈黙が訪れる。

さて、そろそろ新幹線が来るとアナウンスが。

どちらともなく立ち上がり、休憩室を出た。


取った席の号車が書かれているところまで行くと。


「ねえ」


並んだ彼女が声を掛けて来た。


「あんた、名前は?」


答えなくても良かったし、なんなら偽名でも良かったかもしれないが。


「…千鶴。

 森本千鶴」


素直に本名を名乗った。


「あたしは海野(うみの)たきな」


きっと彼女も、本名を名乗ったのだろう。


「あんた…森本さんのお陰で助かった、本当にありがとう」


改めてお礼を言われると、なんだか恥ずかしいもんである。


「いや、別に…そんなお礼を言われる程の事じゃないさ」


「そんな事ないよ。

 森本さんに逢えて良かった」


ホームに新幹線が入って来た。

大きなブレーキの音が響く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る