第11話

「帰りの新幹線代、出しちゃる」


ワンテンポ遅れてから、彼女は私を慌てて見た。

目を見開いてるし、口もあんぐりと開いている。


「う、嘘でしょ!?

 なんで赤の他人に!?」


そう言われれば、返す言葉もない。

ほんの数時間前に出逢ったばかりで、ろくに相手の事も知らない。

なかなかの賭けだと、自分でもしみじみ思う。


「いや、まあ、そう言われればそうなんだが。

 とりあえず、嘘はついてない。

 帰れないままじゃ、どうにもこうにもいかんだろ」


「そりゃあそうだけど…そんな事、してもらう義理もないし…。

 泊めてもらえただけでも、十分嬉しかったしありがたかったから…」


あれこれ世話をやきたい訳ではない。

よくも知らん人に、そこまであれこれする理由なんて、何処にもないのだ。


「『困ってる人がいたら助ける』

 私の母親の教えだ。

 金は返さなくていい。

 礼や見返りが欲しい訳でもない。

 このまま野放しにするのも、気が引けるのはあるし。

 準備が出来たら、声を掛けてくれ。

 慌てなくていいから」


そう言って、私は再び台所に戻り、煙草に手を伸ばした。

すっかり覚醒した体に、もう1度煙を摂取する。

煙草独特の味が、ぼんやりと口の中に広がった。


ちらりと彼女を見てみると、何処か安堵したような、けど、消化出来てないような表情をしていた。

余計な事を言ってしまっただろうか。

でも、何かをしなきゃ、状況は変わらない訳だし。


不意に彼女が立ち上がった。

そして、こちらに来た。


「どした?」


「顔、洗いたい」


「風呂入る?」


「入っていいの!?」


「構わんよ。

 先に言っておくが、盗撮はしないし、覗き見もしないから安心しろ」


「わ、解ってるよ!」


また顔を赤くして、大きな声で答える彼女を見て、少し笑ってしまった。


「風呂、自分で用意出来るならやりな。

 着替えはないぞ」


「大丈夫、お風呂入れるだけで平気」


煙草を吸い終え、彼女に貸すタオルとバスタオルを用意した。

風呂はもうじき、お湯も溜まる頃だろう。


「お嬢ちゃん、私はコンビニに行って、朝飯買って来る。

 のんびり風呂入ってろ。

 鳴らんとは思うけど、もしインターホンが鳴っても出なくていいから」


「解った。

 その、お風呂貸してくれてありがとう。

 あと、行ってらっしゃい」


照れくさそうに言った彼女に、ひらひらと手を振って玄関に向かい、静かにドアを開けて外に出た。

春の優しい風が、そっと私の頬を撫でた。


行ってらっしゃいなんて、いつぶりに言われただろう。

なんかこう、こそばゆい感じだ。


見ず知らずの人が家にいるってだけで変なのに。

よく解らない状況なんだけど、特段嫌な気持ちがないのが不思議だ。


そんな事を考えながら、太陽の陽射しに目を細めながら、コンビニへと向かった。

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