第3話

「な、何!?」


上ずった声。

渾身の力を込めて発したのだろう。


「何…と言われても。

 ただの一般人」


この返しが正しかったかは、未だに解らない。


女性は困惑したまま、相変わらず口唇を震わせている。

怖がらせるつもりは、一切ないんだが。


「い、一般人は、こんな時間に、出歩いたりしないと思うけど!?」


こいつ、何言ってんだ?

これではまるで、彼女の発言は見事にブーメランではないか。


「じゃあ、あんたも一般人じゃないって事?」


「あ、あたしはれっきとした一般人だし!」


…寒さと恐怖で、頭が混乱してんのか?


「一般人のあんたは、こんな時間に1人で何やってんの?」


「あんたに関係ないでしょ!」


更に警戒心が強くなったようで、携帯を握り締める手に力が入ったようだ。


「まあ、関係ないんだけどさ。

 コンビニに行って帰ってきたら、まだここにいたから気になった。

 泣いてるっぽかったし」


ハッとした女性は、携帯を持っていない方の手で、雑に自身の頬っぺたを拭いた。


「泣いてないし!

 てか、あたしがここで何をしてたって、あんたに何も関係ないじゃない!」


「いや、まあ、至極ごもっともな意見だわな。

 ただ、こんな時間に1人でいたら、普通に危ないと思うけど。

 さっさと家に帰った方がいい」


彼女はピクッと反応を見せた。

それが、何を意味するかは、解らなかった。


「家には帰らない…」


急に声のトーンが変わった。


「なしてさ」


「……。」


そのまま黙った彼女は、視線を私から外すと、そのまま下げた。

僅かな沈黙が漂う。


「…何かあったん?」


私の問い掛けた声が、静かに響いただけで、問いに彼女からの返答はなかった。


「とりあえず…」


言い掛けて、私は言葉を切った。

その先の言葉を口にしていいのか、躊躇ったからだ。


「いい加減寒いし、腹減ったから、うち来る?」


下げていた顔を上げた彼女の顔は、言葉通り驚いていたし、言葉通り目を丸くしていた。


「は?」


「いやだから、私は寒いし腹減ったから、家に帰りたいんだよ。

 けど、あんたをここで放っておくのもなんだし、良ければ家に来ればと申したまでなんだが」


見ず知らずの奴に、いきなり『家に来ないか?』と言われ、『はい、行きます』なんて言う奴はいないだろう。

彼女は驚きの表情から、警戒を強めた顔になる。


「行く訳ないじゃない!」


「他に行くあてがあるならいいんだけどさ。

 まあ、いいや。

 いきなり声掛けて、怖がらせて悪かった。

 さっさと安全なとこに行かないと、バカな男に絡まれてさらわれるか、レイプされんぞ。

 気を付けろよ、じゃあな」

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