第90話

「お互いに叶えたい事を叶えようね」


屈託のない笑顔。


「瞳はすぐに叶うだろうけど、あたしは何年かかるか解らないし…」


「だからって、簡単に諦められるものでもないでしょ?」


それはその通りだ。

しかし、自分がこれから歩こうとしている道は、到底平坦なものではない。

どれだけ作品を書き上げ、世に放ってみたとしても、誰かの目にとまらなければ花どころか、芽さえ土から出る事もない。

博打と言われれば博打だし、時間も精神も削られる。


「やるだけやって、駄目だったらその時また考えればいい。

 私は頭を使う事は苦手だけど、自分が持っている限りの知恵は貸すから。

 それでも駄目だったら、萌や真美の力を借りようよ」


彼女の声は、揺れる水面のような心を、穏やかにする力があると思う。


「無理をしろとは言わない。

 出来るところまでやってみよう。

 もし舞が…そうだなあ、新人賞とか取ったら、私は…うん」


言葉の途中で、彼女は言葉を区切る。


「なあに?」


「この先の言葉は、舞が賞を取った時に言うとするよ」


結局その先の言葉は、聞かせてもらえなかった。



卒業式の日は、穏やかな晴れ。

気温も上がり、寒さは何処にもなかった。


卒業証書を受け取る。

無事に卒業出来た事に、息を零す。


式が終わり、教室に戻ると、しんみりとした雰囲気が漂っていた。

既に泣いている子がいるようで、何処からかすすり泣く声が聞こえてくる。


「卒業式、あっという間に終わったね」


宮本さんが声を掛けてきてくれた。


「まあ、うちは殆ど寝てたけど」


「本番で寝ちゃ駄目なのでは!?」


「バレなかったから平気だって」


そう言って笑って見せる。

何が平気なのかは、よく解らなかった。


それから担任がクラスにやってきて、全員に通知表を配り、最後の言葉を述べ、クラスは解散となった。

我慢していたのか、堪えきれなくなって泣き出す人もいれば、最後まで笑顔を絶やさない人、荷物を纏めてさっさとクラスを後にする人。

いろんな反応があった。


「舞、瞳は多分クラスの連中や、後輩に捕まってると思うよ」


宮本さんは欠伸をしながら言う。


「うん、でも一緒に帰る約束はしたから」


「そっか。

 うちは萌と帰るよ。

 ほんじゃ、後でね。

 お疲れさん」


そう言って、宮本さんはクラスを後にした。

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