第89話

あたしも彼女に倣い、自分のいつもの席に着く。

開いたままの窓からの風が気持ちいい。


「…あの日、舞に声を掛けて良かった」


いきなりの言葉。


「じゃなきゃさ、こんな楽しい学校生活はなかったと思うからさ」


「それはあたしのセリフだよ。

 瞳さんがあたしと友達になってくれなかったら…。

 あたしはつまらないままの学校生活を送って、思い出も何もないままだったと思うから。

 瞳さんがあたしを変えてくれたんだよ」


「そんな大層なもんじゃないって」


彼女は笑う。


「どちらかと言えば、救われてたのは私の方かも。

 部活から逃げ出したくなる時もあったけど、舞がいてくれたから最後まで頑張れた。

 有終の美とまでは言わないけど、全う出来たと思うんだ。

 まあ、自己満かもしれないけどさ」


彼女は続ける。


「好きになった人と付き合えた。

 それが1番嬉しかった。

 舞の気持ちが自分に向いて、私は舞にありったけの想いを伝えて。

 こんなに幸せな事はないよ」


はにかみながら微笑んで。


「私も舞も不器用なところもあるけど、私達ならこれからも、持ちつ持たれつやっていけると思うんだ。

 頼りないかもしれないけど、これからも私の傍にいて」


そっとあたしの手を、自身の両の手で包む。


「今はまだまだ子供だし、この先だってどうなるかなんて解らないけど、今よりももっと沢山笑いながら過ごしていこう。

 2人でなら大丈夫。

 それぞれの夢や目標も、きっと叶えられるよ」


彼女の言葉に、揺るぎは一切感じられないくらい心強くて、あたしの心を痺れさせる。

それが見栄や、格好付けた言葉ではない事は、あたしが1番よく解っている。


「…あたしはこれからも、瞳さんの…瞳の傍にいていいの?」


初めて呼び捨てで彼女の名前を呼んでみた。

その瞳にあたしだけを映してほしいと、何度思っただろう。


一瞬の間。

彼女はあたしが彼女の名前をを呼び捨てにした事に気付くまで、ほんの少しだけ時間を要した。


「舞が嫌だって言ったって、私は舞の傍にいるつもりだよ?」


たまに見せる、悪戯な笑顔をこちらに向ける。


「『2人の小指の赤い糸は

  不安になるくらい細いのに

  どうしてだろう

  想えば想う程

  その糸は太くなっていった』」


これは、最近読んだ小説の一文だ。

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