第88話

素敵な友達。

素敵な恋人。

楽しい学校生活。

無縁だったもの達が、あたしの手には溢れていて。


クラスの人達や、家族から「最近よく笑うようになったね」と言われる事も増えた。

知らぬ間に、自分でも気付かぬ内に、大分変っていたようだ。

昔のあたしを知る人が、今のあたしを見たらどんな反応をするだろう。

なんて事を考えてみたり。



あんなに寒かった冬は過ぎ去り、季節は春を迎える。

窓を開ければ、優しい風が部屋を泳ぐ。

心地いい季節の筈なのに、今年は例年とは違った。


もうすぐ卒業式。

何度目かの卒業式の練習も、回を追う毎にリアリティが色濃くなっていく。


寂しさが増していく。

戸惑いを隠せなくて。

切なさが心を撫でていく。


制服を着るのも、学校に来るのもあと僅か。

通い慣れた道に佇む桜の木は、もうすぐ花開くであろう蕾が膨らんでいる。



『春は出逢いをもたらす季節であり

 春風と共に別れを運んでくる』



以前読んだ小説にあった一文を、ふと思い出した。

確かにその通りだなと、納得する自分がいた。


教室のいつもの席。

廊下から聞こえてくる、賑やかな声も、もうすぐ聞けなくなる。

遠ざかる青い春が、ただただ眩しい。


過去の自分なら、一刻も早く学生から、学校から離れたかったのに、今では後ろ髪引かれるばかりだ。

それだけ思い出が、気持ちが溢れているという事であって。


ここに来れるのも最後か。

毎日惜しみなく通った図書室は、相変わらず人の姿はなく、静寂に包まれていた。


初めて彼女が話し掛けてくれた日の事は、今でも鮮明に覚えている。

彼女との出逢いが、あたしを、あたしの全てを変えた。

運命的な出逢い…なんて言ったら大袈裟だろうか。


今ではあんなに遠かった彼女が、あたしの隣にいる。

微笑みをくれて、言葉では表しきれないくらい愛情を注いでくれる。

なんて贅沢なんだろうと、何度も思った。


「ここにいると思った」


不意に後ろから声がして、慌てて振り返ったら彼女がこちらにやってくるところだった。


「借りてた本、返しに来たの」


「そっかそっか。

 明後日はいよいよ卒業式だね。

 な~んか、卒業するって感じしないなあ」


言いながら、彼女はいつもの席…あたしが座っていた席の、対面の席に腰を下ろした。

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