第82話

「は、しもとさん…」


蛇に喉元を締め上げられたような声の主は、無論その人からで。


「その脚、退かしてくんない?」


怒気が含まれた、彼女の声がした。

ゆっくりと上半身を後ろへ向けると、ジャージ姿の彼女が、上着のポケットに手を突っ込みながら立っていた。


「舞、大丈夫?」


「大丈夫」


あたしの無事を確認すると、再びその人を見つめる。


「私の舞に、随分な事をしてくれたね」


「そんな…な、なんもしてないよ」


「真美」


彼女が呼ぶと、宮本さんと高橋さんが姿を現す。


「証拠のムービー、しっかり撮ってあるから大丈夫」


宮本さんは、自身の携帯をその人達に見えるように、ひらひらと左右に振る。


「謝れ…舞に謝れ!」


彼女の大声を聞いたのは、これが初めてだった。


「随分下衆い事してくれたねえ」


高橋さんが、冷笑を浮かべながらその人達に言う。


「許されるなんて、そんな甘っちょろい事考えてないよね?」


言いながら、高橋さんはあたしの元に来ると、あたしを支えてくれた。


「何で…何でそんな奴庇うの!?」


「…そんな奴?」


彼女が更に怒気を強める。


「お前にとって『そんな奴』でも、私にとっては大事な人なんだよ!」


その人はたじろぐ。


「舞、立てる?」


悲しげな瞳をしたまま、あたしに手を差し出す彼女の手を取る。

立ち上がろうとしたが、先程倒れた時に足首を捻ったようで、痛みが走る。


なかなか立ち上がらないでいるあたしを見ていた彼女は、あたしを何とか立たせると、屈んであたしに背を向ける。


「乗って」


と言われたが、恥ずかしくて躊躇ってしまう。


「あ、あたしは大丈夫だから…」


言ってみたが、彼女は屈んだまま。

どうしようかと高橋さんを見てみると、目が「ひ~ちゃんにおぶってもらいな」と語っていた。


恐る恐る、彼女の背中に身を任すと、ひょいっとあたしを持ち上げた。


くるりと体を反転させ、その人達と向き合う。


「噂でも何でも流せばいい。

 それ相応の覚悟があるなら。

 なんにしても、私はあんたらを一生許さない」


憎しみをたっぷり含んだ言葉だった。

その人達は、たじろいだままで、何も言い返してこなかった。

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