第77話

お互いに言葉もないまま、沈黙だけがふわふわと漂う。

自分の鼓動の音が、とても五月蠅く感じられた。


彼女は変わらず気まずそうな表情をしたまま、何かを考えているように見えた。

何か言葉を掛けたい。

けど、どんな言葉を掛ければいいのか解らない。


また気まずい雰囲気になるのは嫌だ。

近くにいるのに、距離を感じるのも…。


それまで口唇に添えていた手を退け、改めて彼女を見る。

愁いを帯びた姿さえ素敵に見える。


そっと、彼女の頬に右手を伸ばす。

初めて触れる彼女の顔。

俯いていた彼女は、僅かに顔を上げた。


見つめ合う瞳と瞳。

悲しげな瞳が、何かを訴えかけているような…。


あたしが静かに彼女の顔に、自身の顔を近付けた。

そして目蓋を閉じると、彼女がしたように、あたしも彼女の口唇に口唇を重ねた。


温かくてやわらかいな、と思った。

このままずっと、こうしていたくなる。


と、手に彼女の手が触れ、そのまま繋がれた。

指を絡めながら恋人繋ぎになる。


どうやって息をすればいいんだろう。

そろそろ口唇を離さなくては。


顔を離そうとすると、追い掛けるように彼女がついてきて、キスは継続される。

僅かな隙間から息をし、キスを繰り返す。

頭の先が痺れてくる。

鼓動が激しくなる。


甘美なるキスに、意識さえ呑み込まれてしまいそうになる。

彼女に酔っているのか、キスに酔っているのか解らなくなる。


やっと離れた口唇は、ほんのり濡れている気がした。

お互いに乱れた呼吸を整えるも、あたしは頭が少しくらくらしてしまい、そのまま彼女にもたれ掛かってしまう。

あたしを受け止めてくれた彼女は、あたしを腕の中へ納めると、優しく抱き締められた。


「どうしてキス…してくれたの?」


戸惑いが少し入り混じった声で、あたしに尋ねる。


「キス、したいなって思ったから…」


自分の気持ちをどう伝えたらいいのか解らず、どんな言葉を言えばいいのかも解らず、行動に表したというか。

あたしも彼女の事が好きだという事を、ちゃんと伝えたくて。

無我夢中だったと言った方が正しいかもしれない。


あたしの言葉を聞いた彼女は、小さく笑った。

あたしは少し恥ずかしくなったがそれは一瞬で、彼女と同じように笑ったのだった。

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