第76話

「…あたし、出来るかな」


ぽつり、呟く。


「あたし、小説家になれるかな…」


「なれるかなじゃなくて、なるんでしょ?」


背中を、心を押してくれる。

気持ちが突き動かされる。


「出来る事から始めてみればいいんじゃない?

 バイトしながらでも、執筆する時間は作れるだろうしさ。

 ほら、投稿出来る携帯小説サイトもあるし、そういうところから手を付けてみるとか」


道幅が広がっていく。

暗かった道を、彼女が照らしてくれる。

鳥肌が立つくらいの感覚が、あたしの体を奮わせる。


「もし舞の小説が入賞したら、2人でお祝いしようね。

 2人でちょっとリッチなご飯でも食べに行こっか」


「入賞して賞金を貰えたら、そのお金を握り締めて行くからね」


あたしの言葉に、彼女は笑った。


「舞にご飯奢ってもらえるように、毎日応援しなきゃな。

 私も舞に遅れないように頑張らなきゃ」


「瞳さんなら、絶対に大丈夫だよ」


「そうだね、私には舞がいるから大丈夫だね」


サラッと言われ、あたしは落ち着いていた心がまたドカドカ騒ぎ出す。

彼女はあたしがときめくような言葉を、さらりと言ってしまう。

お陰であたしの心は、いつだってお祭り状態だ。


照れて顔を赤くしていると、それまで頭に触れていた手が頬に触れたかと思うと、そのまま彼女の顔の方へと手で動かされる。


目の前には彼女の顔。

瞳に捕まる。

恥ずかしいのに、目を反らす事が出来なくて。


不意に彼女の顔が近付き、あたしの口唇に柔らかい何かが触れた。


それは、一瞬の出来事。

彼女の口唇が、あたしの口唇に触れた。


「舞がどんなに辛くても、必ず私が傍で支えるよ。

 2人で一緒に夢、叶えようね」


にこりと微笑む彼女。

あたしは一連の流れを理解出来ず、固まったままだった。


「…舞?」


停止したままの頭が再起動する。

瞬時にキスをされた事を思い出す。

火がついたように、あたしの顔は熱くなり、慌てて口元を手で覆う。


指先で自身の口唇に触れてみる。

キス…してしまった。

更に顔が熱くなる。


彼女はハッとすると、みるみる内に顔が青くなっていく。


「ごっ、ごめん!

 その、あの、キスして…ごめん…」


視線を反らした彼女は、どうしたらいいのかという表情を浮かべていた。

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