第75話

話を黙って聞いていた彼女は、ずっと前を向いていた。

あたしが再び口を紡ぐと、左手であたしの頭に触れ、優しく撫でた。


「舞は悲観してるけど、しっかり自分の将来の事を考えてて偉いなあ。

 私はそこまで真剣に、考えた事なんてなかったよ」


温かい手は、あたしの心さえも撫でてくれる。


「やりたい事、やればいいんじゃないかな。

 子供は親に迷惑や心配を掛けるものだし。

 危ない事をしようとしてる訳じゃないだから、咎められる事はないんじゃない?

 やらないで後悔するより、やってから後悔した方がいいと思う。

 何もしてないのに、始めてもいないのに、駄目だというのは違う気がする」


しっかりとした口調で、あたしの言葉への返答を口にする。


「たとえ駄目だったとしても、それはその時考えればいい。

 やるだけやってみればいいんじゃないかな。

 私は舞なら出来ると思う。

 根拠はあるのかと聞かれたら、上手く答えられる自信はないけど、舞なら大丈夫だって言えるよ」


あたしの話を真剣に聞いてくれて、真剣に答えてくれる事がとても嬉しくて。


「私は体育の先生になりたかったんだけど、足が駄目になっちゃったから諦めたんだ。

 けど、今はスポーツジムのインストラクターになろうと思ってさ。

 高校を卒業したら、ジムのアルバイトから始めようかと思ったんだけど、担任から大学で色々学んでからの方がいいって言われて、それもそうだなって思ったんだ。

 体を動かすのは好きだし、ジムが駄目でもスポーツに関与した仕事に就きたいなって」


初めて彼女の夢や、将来の事を聞いた。

彼女の方がちゃんと先を見ているし、あたしのような博打のような事はない。


「先の事はまだ解らないけど、やるだけやってみようと思ってる。

 大変なのは重々承知だけどね。

 自分を試したいなって気持ちもあるからさ」



『自分を試す』


その言葉があたしの心に響いた。

あたしは今まで、自分を試した事はない。


「お互いさ、やりたい事に向かって頑張ってみようよ。

 勿論、無理してじゃなくてさ。

 何処までやれるか、見てみたくない?」


彼女の言葉が、あたしの心を叩く。

こんな感覚は初めてだ。

不思議なもので、彼女が大丈夫と背中を押してくれると、本当に大丈夫な気がしてくる。



言の葉の力



何かの本で読んだ。

言葉を口にすると、それが本当になったり叶ったりするという。

所謂言霊みたいなものだ。

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