第74話

ベッドを背もたれにし、彼女と並んで座る。

自分の部屋なのに、自分の部屋ではない気がするのは、きっと彼女がいるからだろう。


部屋の小さなテレビを観ていたが、これといった番組もないから消した。

他愛もない会話を楽しむ。


あたしが提供出来る話は微々たるものだったが、彼女は溢さぬように聞いてくれた。

彼女は聞き上手だという事に気付いたのは、ほんの少し前だ。


「舞ってさ、小さかった頃になりたかった夢ってある?」


ふと、彼女が発した言葉。


「ほら、お花屋さんになりたいとか、ケーキ屋さんになりたいとかさ」


「あたしは…」


言い掛けて、言葉を区切る。

あたしにも、なりたいものはあった。

けれど、彼女にそれを言ったらどんな顔をするだろう。


「舞?」


黙り込んだあたしの顔を、彼女はきょとんとした顔で覗き込む。


「…笑わない?」


「笑う筈なんてないよ」


あっけらかんと言う。

その言葉を聞いたあたしは、ゆっくりと口を開く。


「あたし、漫画家になりたかったの。

 でも、絵を描くのは上手くないし…。

 けど、小学生の頃に小説家になりたいなって思った」


絵を描く事は出来なくても、文章を書く事は出来る。

国語、及び現国は好きだし、読書感想文や作文は何度か賞を貰った事がある。


「今は小説家になりたくないの?」


「なりたい…気持ちはあるよ。

 ただ、なれるかどうかは解らない。

 たとえなれたとしても、安定した収入を得る事は出来ないだろうし…」


売れっ子にならなくては、稼ぐ事は出来ない。

しかし、お金を稼ぎたいから小説家になりたい訳ではない。

あたしの、あたしの世界を文字にしたいのだ。


「親からしたら、ちゃんとした会社に勤めて、安定した生活をしてほしいと思う。

 博打じみた事はしてほしくないんじゃないかな」


家族にこれ以上心配や迷惑を掛けたくない。

少しでも安心させたい。


「あたし、今まで家族に沢山心配や迷惑を掛けてきたから…。

 けど、やりたい仕事は見つからなくて…」


高3になり、進路を決めなくてはいけないのに、未だにあやふやで。

そんな自分が嫌なのに。

しかし、将来という漠然としたものを考えるのは難しくて。


「あたしにもっと決断力や、思考力があれば、うだうだ悩まずに済んだのにな」


苦笑いを浮かべる。

いや、自嘲かもしれない。

駄目な自分を、嘲笑うしか出来ない。

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