第68話
「これ、良かったら皆さんで…」
そう言うと、彼女は持っていた紙袋から梱包された箱を取り出す。
「ご丁寧にありがとね。
開けていいかな?」
受け取った母親は、彼女が首を縦に振るのを見届けてから、包装紙を丁寧に剥がし、箱を開けた。
あたしも覗き込むと、水色が涼しげで綺麗なゼリーが入っていた。
「綺麗ね~」
「うちの近所の和菓子屋さんが、毎年夏に出してるゼリーなんです。
皆さんで召し上がって下さい」
「気を遣わないで良かったのに~。
今お茶を出すから、椅子に座ってて」
彼女はダイニングテーブルの椅子に座ると、軽くキョロキョロしながら、家の中を見ていた。
あたしは母親が用意したお茶が入ったコップをお盆に乗せ、彼女の元へ。
テーブルにコップを置く。
自分は何処に座ろうか。
どうしようか悩んでいると、気付いた彼女は左手で隣の椅子をポンポンと軽く叩いた。
彼女の意図を察し、恥ずかしさを隠しながら彼女の隣に座った。
「これ、あたしが作ったの。
良かったらつまんでね」
自作のマドレーヌを皿に乗せ、彼女の前に置いた母親は、あたし達の対面の椅子に座った。
「手作りのマドレーヌ!
お母さんは何でも作れるんですね、凄いなあ。
では、遠慮なくいただきます!」
フォークを持ってこようとしたものの、彼女は手掴みでマドレーヌを持って頬張った。
瞬間、顔が綻ぶ。
「うんま~~あっ!」
その幸せそうな顔を、携帯のカメラで撮りたかった。
それくらい可愛くて、あたしはついつい口元が緩んでしまう。
「舞の料理も、お母さんのお菓子も美味しい!
うちは母親が忙しくて、なかなか手料理って食べれないから、こうやって手料理を食べれるのが凄く嬉しいです」
彼女は母子家庭で、母親と2人で暮らしているそうだ。
両親は離婚し、年の離れた弟は父親に連れていかれてしまった。
彼女もバイトをして家庭を支えようとしたが、母親に『子供は学業に勤しみなさい』と言われてしまった。
彼女が走れなくなってしまった時は、落ち込む姿は見せず、いつもと変わらず接してくれたのが嬉しかったと、彼女は言っていた。
「誰かとご飯を一緒に食べたくなったら、いつでもうちにいらっしゃい。
瞳ちゃんなら大歓迎だから」
母親の言葉を聞いた彼女は、優しく微笑んだ。
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