第65話

「主人公がいろんな壁にぶつかった時、必ず言う台詞が好きだった。

 『俺は…この程度じゃない。俺はもっと出来る筈だ!足が不自由でも、心で何度だって踏ん張れる!』

 私は軽く走る事は出来るけど、競技に参加出来る程のタイムは出せなくなった。

 部活からも離れて、自分に絶望して。

 けど、そんな時にこの本に出逢ってから、少しだけ気持ちが軽くなったんだ。

 自分にも出来る事があるかもしれない。

 考えた結果、後輩を育てる事だった。

 最初は辛かったよ。

 風のように走れる後輩達が羨ましかった。

 けど、自分が教えて後輩達のタイムが伸びていくのは、素直に嬉しかった」


寂しそうに笑う横顔は、いつもより大人っぽく見えた。


「全部私個人の話かもだけど、私は舞が関与してると勝手に思ってる。

 あの日、あの時、舞が買ったあの本を見掛けなかったら、きっと今の私はこんな風じゃなかったかも。

 で、萌が舞は放課後は図書室にいるみたいだよって教えてくれて、一か八かで行ってみた。

 いきなり『あの時はありがとう』なんて言っても何の事か解らないから、仲良くなってからお礼を言おうと思ってた…」


顔を上げた彼女は、夜空を仰ぐ。


「少しずつ舞を知って、少しずつ距離が近くなって。

 仲良くなれてくのも嬉しくて。

 舞が自分にとって、特別な人だって気付いて。

 その手に触れてみたいと思って…」


あたしに顔を向けると、ゆっくりとあたしの右手に手を伸ばし、重ねる。


「舞の手は柔らかくて、繋いでると幸せな気分になる。

 舞からしたら、いきなり手を繋がれてびっくりしたよね、ごめん。

 …気持ちを抑えられなかった。

 誰よりも傍にいてほしくて。

 部活がない時じゃないと逢えないから、逢えた時は本当に嬉しくて。

 休み時間に舞のところに行きたいんだけど、友達や後輩に捕まっちゃうからなかなか行けなくて。

 だから、放課後は凄く大切だったんだ」


優しい声。

優しい表情。

彼女の手から伝わる、優しい温もり。


「私も誰かを好きになったのは初めてだから、どうしたらいいのか解らなくて。

 萌に相談するのも、ちょっと恥ずかしいし…。

 なかなかどうして、上手くいかなくてさ」

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