第64話

あたしが言い終えると、沈黙が漂う。

あたしは自分の想ってる事を言えた達成感と、言ってしまった事への不安で、心の中が洗濯機のようにぐるんぐるんしていた。


誰かに愛の告白をするなんて。

そんな日がくるとは思ってなかった。


ドラマや映画、漫画や小説のような、ロマンチックな演出は出来ないけど、相手に気持ちを伝える事は出来たと思いたい。

何が成功で、何が失敗かは解らないけど…。


握り締めていた拳を見つめながら、彼女の言葉を待つ。

どんな言葉がくるのか解らない。

不安のバロメーターは、とっくにメーターを振り切っている。


胸が苦しい。

大した時間は経っていない筈なのに、酷く長く感じる。


「あの…」


彼女の声に、視線を彼女へ向ける。

複雑そうな表情をしながら、右手の人差し指で頬を掻いている。


「ありがとう」


何に対してのお礼だろうか。

軽く頭を捻る。


「本当は…本来なら、私がちゃんと順を追って、自分の気持ちを伝えなきゃいけなかったのに…ごめん」


彼女はよく謝るな、と思った。

全く謝れない人より、100倍いいけども。


「あんな事をしちゃったから、もう口をきいてくれないと思ったし、今までみたいに接してもらえないと思ったから…その、ちゃんと向き合うのが…怖くて…」


彼女は視線をあたしに合わす事はせず、自身の靴の先辺りを見つめながら、淡々と独り言のように言葉を発していく。


「自分の気持ちを…止められなくて。

 自分でも不思議なくらい、舞に惹かれていって。

 最初こそ上手く話せなかったけど、少しずつ話せるようになって、笑ってくれるのが嬉しくて…。


 本当はもっと早くに、舞と話したかった。

 2年の秋に怪我して、走るのを諦めなくちゃならなくて。

 落ち込んでた時、本屋に行ったらたまたま舞が本を買ってるところを見掛けて。

 何となく舞と同じ本を買ってみたら、凄く良くて。

 主人公が自分に重なって、泣きながら読んだ箇所もある」


「…何の本?」


「錆びた世界で笑って生きたい」


有名な作者の青春ものの話。

主人公は男子高校生で、バスケット部の1人。

誰よりも練習に励み、誰よりも頑張っていた。

しかし、そんな彼を快く思わない同級生が、彼からバスケットと歩行を奪ってしまう。

どん底に突き落とされ、何もかも嫌になり、自暴自棄となった彼に、手を差し伸べたのは幼馴染の女の子。

ぶつかり合いながらも、彼は徐々に立ち上がり、やがて車椅子バスケットプレイヤーになり、人生を切り開いていく。

あたしの大好きな作品の1つだ。

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