第62話

もう少しで家が見えてくる。

家に着いたら、彼女は帰ってしまう。

寂しさが溢れてきて、それをどのように扱っていいのか解らない。



彼女にあたしの気持ちを告げてみようか



不意にそんな考えが浮かんだ。

告げたら2人の関係が、壊れてしまうかもしれない。

それ以前に、彼女があたしをどう想っているのか解らないし、どんな関係を望んでいるのかも解らない。


友達のまま、こうして傍にいる方がいいのか。

恋人になり、2人の関係を変えていくのか。

…恋人になれるかは解らないけれど。


彼女に出逢ってから、少しずつ変わり始めている自分。

知らない自分を知るという事は、なかなかどうしてむず痒い。


けれど…今の自分を、もっと変えていけたらなと思う。

それは彼女に好かれたいからではなく、素直にそう思ったからだ。


過去の傷は、確かに今も痛む時がある。

けれど、今を生きているのだから、止まったままの針は動き出しているのだから、あたしも動き出さなければ。


家の近くの小さな公園の前に差し掛かった。

ブランコと小さな滑り台と、ベンチしかない公園だ。


「あ、あの…」


少々上ずった声になってしまった。


「ん?どうしたの?」


「ちょ、ちょっと寄っていきませんか?」


緊張しているせいか、敬語になってしまった。


「うん、いいよ」


公園に入り、ベンチに腰掛けた。

夏の匂いが漂う。

温い風がそっと吹く。


あたしは頭の中が真っ白で、何から話せばいいのか解らずにいた。

いきなり『好きです』というのは、流石に突拍子もないし順序が違う気がする。


「さっきからどうしたの?

 何か考え事?

 相談ならのるよ?」


あたしが口を閉じたままだから、彼女も気になったのだろう。


「あ、その……。

 え~と…」


上手く言葉が出てこない。

しどろもどろになっているのがもどかしい。


「きょ、今日は一緒にお祭りに行けて、花火も見れて嬉しかった、です」


片言になってはいるが、とりあえず会話は出来る。


「うん、私も楽しかったし嬉しかったよ」


微笑む彼女を見れば、胸が高鳴る。


「瞳さんと、一緒にいれて嬉しかった、です」


あたしの言葉に、彼女は目を開く。


「久し振りにずっと一緒にいれて、凄く嬉しくて」


そう、嬉しかった。

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