第61話

花火もそろそろ終わりの筈。

もう少ししたら、彼女ともお別れだ。

今度はいつ逢えるだろうか。


多忙な彼女だから、夏休みは予定がいっぱいだろう。

あたしとの予定を入れてもらうのは、申し訳ない気もする。


「そろそろ行こっか」


彼女の声で我に返る。


「う、うん…」


急に寂しさが込み上げてくる。

まだ一緒にいたい。

けれど、我儘を言って彼女を困らせるのは嫌だ。


立ち上がろうとすると、先に立った彼女はあたしにそっと手を差し出す。

手を伸ばし、立ち上がると、そのまま手を繋ぎ、どちらともなく駅の方へ歩きだした。


「花火、凄く綺麗だったね」


「うん、綺麗だったね」


「たこ焼きも美味しかったね」


「うん」


彼女とさよならするのが寂しくて、心ここにあらず。

曖昧な返事ばかりで申し訳ないと思うものの、上手く頭が回らなかった。


「あのさ」


彼女が一旦言葉を区切る。

あたしは彼女の次の言葉を待つ。


「家まで送って行くよ」


思わぬ言葉に、あたしは返事をするタイミングを見失った。


「ほら、さっきみたいにナンパとか、変な奴に絡まれたら危ないしさ」


心配してくれる事が嬉しい。

彼女の優しさが温かくて嬉しい。


「で、でも、あたしと瞳さんの家は逆だし…。

 帰りが遅くなっちゃうよ」


「帰りが遅くなってもいいよ。

 舞が危ない目に遭う方が嫌だから」


あたしはいつも彼女に心配ばかり掛けているな。

もっとちゃんと、しっかりしなくちゃいけないのに。


「じゃあ、よろしくお願いします」


あたしの言葉に、彼女はそっと微笑んだ。


先程よりも人が多い。

手を繋いでいなかったら、離れ離れになっていたし、はぐれていただろう。


彼女はしっかりと、あたしの手を握っていてくれている。

離れないように、離さないように。

安心感が溢れている。


電車には乗らず、歩いて行く事に。

あたしに歩幅を合わせてくれている事もあり、歩くスピードは遅いが、その分長く一緒にいれる事を嬉しく思う。


人混みを抜け、住宅地へ。

人気も減り、賑やかさは遠退いていく。


静かな道を、2人で歩く。

自然とあの日の事を思い出す。


会話もないまま、道を歩いていく。

彼女は今、どんな事を考えているのだろう。

あたしと同じように、あの日の事を思い出しているだろうか。

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