第59話

「あたしの匂い?」


「舞が使ってる柔軟剤の匂い、好きなんだ。

 この匂いがすると、舞が傍にいるような気持ちになる。

 って変態みたいだね」


あたしも同じだ。

彼女の服から香る、柔軟剤の香りが好きだ。


「あたしも、瞳さんが使ってる、柔軟剤の匂いが好きだよ」


「匂いってさ、いろんな事を思い出せるよね。

 景色とか、料理とか、人とか。

 きっと凄く大事なんだろうな」


そうだな、と思う。

匂いは思い出の1つになるのかもしれない。


「あ、そろそろ花火が上がる時間かな。

 見やすい所に移ろうか」


たこ焼きを食べ終わり、移動する事に。

花火はここから少し行ったところに川があり、そこの川岸で上げるのだ。


人混みを何とか切り抜け、見えそうな場所を見つけた。

ベンチはない。

地べたに直に座らず、自分のハンカチを強いて座った。


暫くすると、花火が打ち上げる。

周りから歓声が上がる。

あたしも思わず、声を出して感動してしまった。


花火はどれも同じだと思っていたのに、今日は格段綺麗に見える。

隣を見ると、彼女も花火を見たり、花火を携帯で撮ったりと忙しそうだ。


あたしの視線に気付いた彼女は、ニコッと笑う。


「花火、綺麗だね」


「うん、凄く綺麗」


夜の黒い空に、赤、青、緑、ピンク等の、様々な色の花が咲く。

打ち上がり、すぐに消えてしまう。

その儚さが、綺麗さを際立たせるのだろうか。


「花火ってさ、沢山火薬詰めて打ち上げるんだよね。

 前にテレビで見たけど、かなりの量だし、玉も大きいけど、どか~んって打ち上がって。

 職人って凄いよなあ」


あたしは彼女への気持ちを、どれくらい詰めたら打ち上げる事が出来るだろう。

きっとどんなに詰めても玉は足らない。

が、打ち上げる事は出来ないかもしれない。


自分の気持ちを、彼女に伝えていいのだろうか。

彼女に『好き』と、伝えていいのだろうか。


伝えたいのに怖さが先に立ち、動けないままでいる。

彼女との関係が壊れてしまう事に、酷く怯えている。


恋人になりたいと思った事はない。

ただ、一緒にいたいという気持ちは、日増しに強くなっているのは確かだ。


あたしの思う『好き』と、彼女の思う『好き』が違うかもしれない。

…あれこれ考えれば考える程、頭の中でこんがらがってしまう。

上手く紐解く方法があったらいいのに。

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