第57話

「あの日…舞にしようとした事も、全部引っ括めてごめん…」


きっとキスをしようとした事を言っている。

彼女の中では、それが1番の致命傷なのだろう。


例えばあの日、あのままキスをしていたら、2人はどうなっていたのだろう。

今は『友達』だけど、関係が変わったのだろうか。

所謂『恋人』になったのだろうか。


…キスをしたからといって、きっと関係までは変わらないか。

双方の想いが同じで、繋がって初めて『恋人』になるのだろう。

誰かと付き合った事はないし、恋愛をした事もないから、詳しくは解らないが…。


深い事を考えるのはやめよう。

今は目の前に彼女がいる。

それが何よりも嬉しい。

彼女と同じ時間を過ごせる事が、一緒にいれる事が嬉しいのだから。


「許して…くれる?」


子犬のような顔であたしを見上げてきた。

思わず胸がときめく。

上目遣いというやつが、これ程の破壊力だとは知らなかった。


「許して…あげない」


軽い意地悪。

彼女は先程よりもしょんぼりとしてしまった。


「た、たこ焼き買ってくれたら、許します」


あたしの言葉を聞いた彼女は、ガバッと上半身を元に戻し、あたしの手を勢いよく掴む。


「買う!

 焼きそばも、りんご飴も、お好み焼きも、わたあめも!」


久し振りに見た、少年のような彼女の笑顔が、あたしの寂しさを全てさらっていく。

喜びが花咲き、春の心地よい風が胸を撫でるような。


「祭りだけにする?

 花火も見てく?

 あ、門限あるかな?」


「門限はないよ」


家を出る前に、母親に「遅くなるんだったら、ちゃんと連絡しなさいよ。瞳ちゃんによろしくね」と言われていた。


「瞳さんは?」


「うちは門限はないよ」


だったら。


「花火も、見たいな」


そう、彼女と一緒に花火を見たかった。


「うんっ、私も舞と一緒に花火見たかったんだ!」


同じ事を思っていてくれた事が、凄く嬉しくて。


「じゃあ、行こっか」


手を繋いで歩きだす。

いつもとは違う繋ぎ方。

指と指を絡める繋ぎ方は初めてだった。


そうだ、彼女に聞こうと思っていた事を聞いてみよう。


「今日、もしかしてあたし以外の人に、お祭りに行こうって誘われてなかったの?」


「あ~、萌から誘われたんだけど、舞から声が掛かったって言ったら、『絶対にま~ちゃんと2人で行くんだよ。仲直りもするんだよ。アタシは真美っちに声掛けてみる』だって」

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