第56話

「お前、誰だよ」


男の人の目が彼女に向けられる。


「私はこの子の姉です。


 もう大丈夫だよ、向こうでお父さんもお母さんも待ってるから行こう」


咄嗟に彼女が嘘をついたのは解ったが、男の人達は顔を見合わせた。


「すみません、失礼しますね」


「あ、ああ、どうも…」


彼女に手を取られる形で歩きだした。

チラリと後ろを見てみたが、男の人達はあたし達とは別の方向へ向かっていった。

ついてきたらどうしようかと思ったが、どうやら不安は払拭されたようだ。


暫く歩き、人が少ない場所を見つけた彼女は、そちらに行くとあたしと向き合った。


「大丈夫だった?」


心配そうにあたしを伺う。


「怖かったけど、大丈夫だよ」


「何もされてない?」


「うん。

 心配掛けてごめんなさい…」


「舞が謝る事なんてないよ」


「あたしがちゃんと断れなかったのが悪かったし」


「ああいう連中は、無理矢理だから、きっと断れなかったと思う。

 何にせよ、無事で良かった…」


安堵の息をつく彼女を見る。

薄い水色のTシャツに、黒地の七分丈のスキニーに、スニーカー。

いつもの私服の彼女。


「まさか舞が絡まれてると思わなかったよ。

 …その、浴衣姿の舞、凄く綺麗だから目をつけられちゃったのかな」


顔を赤くしながら、目線を少し反らしながら、そんな事を言った彼女。

言われたあたしも照れくさくて、思わず顔が赤くなる。


「浴衣姿で来てくれたらなって期待してて…。

 いつも綺麗だけど、更に綺麗で…」


彼女の言葉は、不思議なくらいあたしの心を動かす。

褒められて更に照れくさくて、あたしは両掌で口元を隠した。


「誰よりも綺麗だし、誰よりも素敵だ」


今度はあたしの目をしっかりと見て言われた。

ドキン、と胸が大きく鳴る。

ドキドキしすぎて、言葉が詰まって出てこない。


綺麗じゃないし、素敵でもない。

頭を振ると、彼女は笑った。


「あ、そうだ…」


彼女は真面目な顔になる。

と、大きく頭を下げた。


「今まで避けててごめんなさい。

 沢山嫌な想いもさせちゃって…。

 本当にごめん」


確かに避けられて、悲しかったし寂しかった。

辛くなかったと言えば嘘になる。

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