第55話

待ち合わせ場所は、駅からちょっと離れた場所だったが、人の行き来は多い。

行き交う人は皆楽しそうに歩いている。


カップルが目に入る。

嬉しそうに手を繋いだり、腕を組んだり、何かを話ながら笑っていたり。


不意に彼女と手を繋いで歩いた事を思い出す。

温かいその手があたしの手を包み込むと、照れくささと嬉しさが混ざり合う。

そんなあたしをチラリと見て、彼女は何も言わずに静かに微笑むのだ。


逢ったらまずは「こんにちは」?

いや、時間的に「こんばんは」かな。


彼女はどんな格好で来るのだろう。

制服姿も、ジャージ姿も、ラフな私服も好きだ。


あたしの浴衣姿を見たら、彼女はどんな反応をするのだろう。

それが1番気になる。


「おね~さん、こんばんは!」


あれこれ考えていると、見知らぬ男の人2人組に声を掛けられた。


「待ち合わせ?

 待ってる人が来るまで、俺らと祭りに行かない?」


1歩下がりたいが、下がっても壁があるだけ。

2人に囲まれてしまい、身動きが取れない。


「君、すっごい綺麗だね。

 見てるだけでもたまらないな~」


下から上へ見られる。

声こそおちゃらけているが、目に何かを含んでいる。


「ね、俺達と行こうよ」


「困ります…」


怖くて更に声が小さくなる。


「そんなに怖がらないで大丈夫だって。

 ちゃんとエスコートするからさ」


1人の男の人が、あたしの手を強引に繋いだ。


「は、放して下さいっ」


「こんなに人がいるんだし、迷子になったら大変だよ。

 変な奴に目をつけられたら困るだろ?」


今まさに変な人に目をつけられてるし、困らされている。

必死に振りほどこうとするも、びくともしない。

更に強く手を握られる。


大きくてゴツゴツしていて力強い。

あたしの小さな手では、どうする事も出来ないのは明確だ。


怖くて泣きそうになる。

…駄目だ、泣いたら折角してもらったお化粧が取れてしまう。


「お願いします、放して下さいっ」


頑張って強く言っても、2人はけらけらと笑うばかりだ。


「おね~さんは、俺らの相手をするんだよ。

 祭りも、花火も、その後も…。

 お楽しみがいっぱいだな」


背中がゾクリとした。

早く逃げなきゃ大変な事になる。


じたばたしていると、あたしの手を掴んでいた人の足を踏んでしまった。


「いってえな!」


咄嗟に手を放された。


走りたくても走れない。

とにかく急いでここから離れなきゃ。


と、誰かにぶつかった。


「大丈夫?」


聞き慣れた声に顔を上げ、声を聞いた事とその顔を見て、あたしは一瞬で安堵する。

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