第53話

「で、当日は何着てくか決めてるの?」


そういえば、その辺の事は全く考えていなかった。

暑いし、涼しくて動きやすい格好で行くのが無難だろうか。


「涼しくて動き……」


「やっぱ夏祭りなら浴衣よね!」


「ちょっ、あたしの話最後まで聞いて!」


「おお~っと、なんたる偶然!

 ちょうどばあちゃんから浴衣が送られてきてたんだった!」


まさしく、なんたる偶然。


「何でそんなタイミングよろしく浴衣が!?」


「唯が今年会社の人達と夕涼み会と称して、会社の屋上で花火を見ながら飲み会をする事になって、友達と浴衣で出席しようって話がまとまり、あたしに相談されたんだけど、うちには残念ながら浴衣はない。

 で、ばあちゃんに頼んだら、昔あたしが着てた浴衣を直して用意してくれたの。

 ついでに舞のも用意してくれて、送ってくれたのよね」


唯はあたしの姉。

ばあちゃんは母の母である。

…『ついで』という部分が引っ掛かったが、敢えて飲み込む事にする。


「あんたも高校生なんだし、お洒落の1つもしなさいな。

 折角だし、浴衣を着ていきなよ」


いきなりハードルが高すぎやしないか。

それに浴衣で行ったら、あたしが浮かれてると思われやしないか。


「帯を締めると気持ちも引き締まるし、日本人は和服でしょ。

 こういう時だし、あたしはいいと思うけどなあ」


着たくない訳ではないのだ。

あたしも浴衣を着たいと思う。

けど、彼女に引かれないか不安になるのだ。


「最近あんたの口から瞳ちゃんの名前が出なかったから、喧嘩でもしたのかなって思ってたよ。

 下手に探るのも嫌だから、放っておいたけどさ。

 折角なんだから、思い切り楽しんで来なさいな」


そう、勘繰らないでくれるし、放っておくべき時を見定めて放っておいてくれる、そんな母親の性格が好きだ。

全てを語らずとも、あたしの顔色や行動で読むのは、やはり母親故か。


浴衣を見せてもらった。

白地に藍色の大きな花が、散りばめられていて綺麗だった。


「…あたしに、似合うかな」


「似合うに決まってるじゃない。

 あたしの娘だもん。

 当日は着付けてあげるからさ」


頭を軽くぽんぽんされた。

彼女が頭を撫でてくれた事を思い出し、胸の辺りがキュッとなった。

母親に悟られぬよう、平常心を装いながら小さく頷いた。

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