第50話

久し振りに心臓が高鳴る。

一瞬だけ不安に駆られるも、嬉しさが覆い被さった。


見失わないように、小走りで追い掛けた。

まさかこんな場所で、彼女を見つけるなんて。


額に汗をかいてる事もお構い無しに、彼女の元へ足を急がせる。

あともう少しで彼女の元に着くというところで、彼女と目が合った。


驚いた瞳は、すぐに憂いが滲んだのが解った。

しかし、あたしは敢えてそれを見て見ぬふりをした。


「舞……」


久々に名前を呼ばれた。

ずっと呼ばれたかった。


あたしは返事も出来ないくらい、呼吸が乱れていた。

夢中になって走ったのか、ろくに息をしていなかった事に気付く。


早く彼女と目を合わせたいのに、息苦しさのせいで顔を上げる事が出来ずにいた。

ぜは~、ぜは~と大きく息をするばかりだ。


「ふふっ」


小さな笑い声が聞こえた。

慌てて顔を上げると、彼女はクスクスと笑っていた。


「髪の毛、ぐっちゃぐちゃ」


そう言って、あたしの髪を直そうと手を伸ばしたが、はっとしてその手を引っ込めた。

ズキン、とあたしの胸が痛む。


「これ、使って。

 私の汗、吸い込んじゃってるけど」


ショルダーバッグのポケットから、ハンドタオルを取り出すと、あたしに差し出した。


「あ、りが、と…」


片言なお礼を言い、タオルを受け取り、顔を濡らす汗を拭いた。

柔軟剤の香りが、痛む心を少しだけ和らげた。


漸く呼吸が落ち着いたので、改めて彼女を見る。

普段着の彼女を見るのは、これで2回目だ。


白地に英語が大きくプリントされたTシャツに、七分丈のスキニー、黒地のスニーカーという出で立ちの彼女は男の子に見える。


「久し振り…だね」


ぎこちなく微笑む彼女の言葉に、あたしは首を縦に振る。


「その、避けててごめん…」


言葉にされると、やっぱり痛みは伴う。

が、ここで挫ける訳にもいかない。

やっと彼女に逢えたのだから。


「舞に……嫌な想いをさせちゃったし、顔を合わせづらくて。

 自分がやらかしたのに、自分勝手に遠ざかってごめん…」


違うの、そうじゃないの。

そんな事は、この際どうでもいい。

謝罪が欲しい訳じゃない。




いつものような

向日葵みたいに

微笑む貴女が見たいのに




「まさかこんな所で、瞳さんを見掛けると思わなかった。

 逢えると思わなかったから…気付いたら瞳さんの元に走ってた…」


やっと言葉にする事が出来た。

トキメキとは違う高鳴り。

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