第44話

「あの、あたし…」


声が震える。

少しでも気が緩んだら、涙が零れてしまいそうだ。


「舞、待って…!」


何を待てばいいのだろう。

どれくらい待てばいいのだろう。


「送ってくれて、ありがとう…」


平然を装いながら言ったつもりだった。

出来てなかった。

涙は既に零れ落ちていた。


「じゃあね…!」


晴れのち雨。

穏やかだった心が、涙で濡れていく。


彼女に背を向け、あたしは一目散に家まで走り出した。



「舞!」



名前を呼ばれたけど、振り返る事はしなかった。

ズキズキと胸が痛む。

呼吸さえままならないまま、あたしは走る。


彼女が追い掛けてくる気配はない。

良かったと安堵する気持ちと、寂しさがごちゃ混ぜになる。


家のドアを開けると、そのまま自室に向かった。

乱暴にドアを開け、勢いのままドアを閉めた。

ドアにもたれながら、立っている事が出来なくなったあたしは、ずるずるとゆっくり座り込んだ。


涙が止まらない。

何度も拭ってみても、止めどなく涙は零れ落ちている。


あたしは彼女が好きだ。

好きで、愛しくてたまらない。

けれど、彼女は距離を作った。

あたしが浮かれすぎた。


時間が戻ればいいのに。

鈍感だったら良かったのに。


この気持ちを、どうすればいいのだろう。

彼女を想えば想う程、愛しさは膨らんでいくばかりなのに。


好き。

貴女が好きなの…。


たったこれだけの言葉さえ、伝える事が出来ないなんて。

歯痒さが付きまとう。


次からはどんな顔で彼女に逢えばいい?

…逢える筈なんてない。

また拒絶されるのが怖い。


恋というものは、こんなに切ないものなの?

誰か教えてよ。

辞書にだって載ってないし、調べようもない。


ああ、胸が苦しい。

心が彼女を求めている。


あの優しい手で、頭を撫でてほしい。

いつものように、微笑みかけてほしい。

あたしの傍にいてほしい。


名前を呼んで。

その瞳にあたしを映して。

あたしの傍にいて。

欲望が止まらない。


あたし、こんなに貴女に焦がれていたなんて知らなかった。

貴女がこんなに大切だったなんて…。


心が痛い。

想いを言葉に出来ない。


誰かあたしを助けて。

手を差し伸べてよ…。




それから、彼女から連絡は無く、逢う事もなくなった。

沈んだままの心は、日々色褪せていくばかりで、虚しさに包まれたまま、過ぎていくだけだった…。

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