第42話

「あたしの家、ここ」


自宅を指差しながら、ぽつりと呟く。

2人、足を止めると向かい合い、お互いに何かを言おうと口を開くが、言葉が出てこなくてもどかしい。


「その、ま、また学校でね」


やっと出た言葉を聞いた彼女は、ふっと微笑む。


「うん、学校でね」


彼女はあたしの頭を撫でる。

こうして頭を撫でてくれる事が、凄く嬉しくて。


撫でるのをやめた彼女は1歩、あたしに近付いた。

あたしと彼女の距離が、一気に近付く。


無言のまま見つめ合う。

真剣な眼差しが、あたしの心を高鳴らせる。


瞳が何かを物語っているようにも見えた。

何を語ろうとしているかまでは、解らないのだけど。


と、彼女の顔がゆっくりと近付いてきた。

いつの間にか、あたしの両腕に彼女の手があった。


ドキン


ドキン


鼓動は変わらず高鳴ったまま。

鼓動の速度は、先程よりも速い。


ドキン


ドキン


甘い瞳は静かに目蓋を閉じ、口唇をあたしの口唇に近付けていく。

あたしは目蓋を閉じる事も出来ず、電池が切れた玩具のように動けずにいた。


不意に以前読んだ小説の事を思い出す。


『黄昏時

 私と彼は見つめ合う

 彼は少し屈むと

 短いキスをした

 僅か1秒も満たない時間だったのに

 私は全身が熱くなり

 口唇に手を添えながら、今起きた事を何度も繰り返し巻き戻し、驚きを隠せずにいた』


このままキスをされるのだろうか。

彼女の口唇と、あたしの口唇が触れ合うのだろうか。

頭がフル回転し、様々な事を一気に考えすぎて、頭が爆発しそうな程だ。


呼吸が止まりそうだ。

思考が停止しそうだ。

心臓が暴走しそうだ。

あたしは一体、どうなってしまうのだろう。


口唇が近付いてく。

あたしは相も変わらず動けずにいて、瞬きさえ忘れている。


男の人とキスする事は想像していなかったけど、女の人とキスをするとも思っていなかった。

キスをしたら、何かが変わるのだろうか。

彼女との関係が、変わるのだろうか。


目蓋を閉じる。

完全に頭が考える事をやめてしまった。

あとはもう、事が終わってから頭を再起動させるしかない。



彼女の吐息が口唇に触れた、その時だった。

あたしの携帯が鳴った。

びっくりして、咄嗟に彼女から体を離す。


母親からの着信。

あたふたしながら電話に出る。

やり取りを終え、彼女を見ると、彼女の顔は真っ赤だった。

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