第40話

彼女は黙ったまま、あたしの話を聞いている。

その表情は曇ったまま。


「瞳さんも怖かったよね…ごめんなさい。

 怖い想いをさせて、本当にごめんなさい…」


声に涙が滲む。

視界が濡れていく。


繋いだままの手は、温かくて。

彼女の温度が、あたしの心を温めてくれている。


不意に彼女の手に力が入ったのが解った。

そのまま彼女に引っ張られ、再び彼女の腕の中へ。


思い切り抱き締められる。

あたしを包む腕が、僅かに震えているような。


「舞…」


彼女の声が近い。


「何もなくて…良かった…」


もっと強く、抱き締められる。

どうしていいのか解らなかった自分の腕を、そっと彼女の背中に回してみる。


彼女から、優しい柔軟剤の香りがする。

彼女の体温を、全身で感じている。


抱き締められる。

抱き締める。

更に抱き締められる。


「何も…出来なくてごめん…」


彼女が謝る事なんて何もない。

謝らなくてはいけないのはあたしだ。


「瞳さんは何も悪くないよ…」


あたしを助けてくれた。

それがどれ程嬉しかったか…。


「ごめんなさい…ありがとう…」


泣いてばかりだ。

あたしは彼女の前では、泣いてばかりだ。


体を離され、彼女と向き合う。

彼女の瞳は、少し赤かった。


頬に彼女の親指が触れたかと思うと、涙を優しく拭ってくれた。

まるで、ドラマや映画のワンシーンのように。


優しい瞳が、あたしを映している。

あたしはどんな瞳で、彼女を映しているのだろう。


「私はいつだって、舞の傍にいるよ」


あたしの心に、真っ直ぐ伝わってくる。


「どんな時だって舞の傍にいる。

 離れた場所にいたって、必ず駆け付ける」


彼女の掌が、あたしの顔をそっと包み込む。


「舞を悲しませる全てのものから、舞を守ってみせるから」


ヒーローがヒロインに言うような言葉を、彼女はあたしに放った。

あたしの心がときめく。

胸の真ん中がギュッとなる。




恋する乙女みたい




母親が言った言葉が浮かぶ。

あたしは彼女に、恋をしているのだろうか。

この胸の高鳴りは、『恋』というものなのか。


答え合わせは出来そうにない。

答案用紙も回答用紙もないではないか。

どうすれば、解答を得る事が出来るのだろう。


ただ、今言える事は、彼女と一緒にいると、嬉しさでいっぱいになるという事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る