第37話

「舞っ!」


あたしは足を止める。

恐怖に抗いながら、声のした方へ少しでも顔を向ける。


「ひ、とみさん…!」


先程と同じジャージ姿で、彼女は走ってこちらに向かっていた。

額に汗をかいているのか、時折鬱陶しそうに前髪をかきあげている。


息をきらしながら、あたし達の元へ到着した彼女は、男の人を見た。


「私の連れに何か用ですか?」


怯む事なく、相手の目を見ながらハキハキと。


「俺はこの子とデートなんだよ。

 君も可愛いし、一緒に…」


男の人が言いかけてる間に、彼女はあたしの手を取り、男の人から引き離してくれた。

そのまま彼女の腕は、あたしを包み込み、あたしは彼女の胸元に顔を埋める形となる。


「おいおい、乱暴は良くないよ~」


男の人の声色が変わる。


「ガキだからって、いつまでも優しくすると思うなよ?

 それに、先に誘ってきたのはその子だかんな」


彼女があたしと目を合わせる。

違うの意を込めて、あたしは首を左右に振る。


「いい加減にして下さい」


こんな時なのに、彼女の凛とした声が心地いいなんて。


「お前さ、年上に対する態度が全然なってないな」


男の人は、更に怒気を強めた声を出す。


「いい加減にしねえと殴るぞ」


「殴りたいなら殴って下さい」


彼女も引かない。

あたしを包む腕に、力が入った。


道行く人達が、あたし達を見ている。

が、助けてくれそうな人はいそうにない。


男の人は左手で彼女の胸ぐらを掴んだ。

同時に、彼女はあたしを横に退ける。


「意気がってんじゃねえぞ」


「意気がってません。

 私達は何も悪い事なんてしてないので」


かなりの力で、胸ぐらを掴まれているのが解る。


「ムカつく目付きしやがって」


男の人は、右手で拳を作った。


「や、やめて下さい!」


慌てて男の人に駆け寄り、右手を押さえ込もうとしたものの、振り払われてあたしは呆気なくよろけて転んだ。


「舞っ!?」


「よそ見してんじゃねえよ」


彼女の心配そうな声が届く。

転んだ拍子に右膝を擦りむいてしまい、鈍く痛む。


「今更謝ったって許さねえからな」


どうしよう。

この状況、どうしたらいいの?

警察…そうだ、警察に連絡しなきゃ。

何て言えばいい?

駄目だ、恐怖と焦りのせいで、頭が上手く回らない。

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