第9話

こんなに話したのはいつぶりだろう。

文字を読む事は出来るが、想いを言葉にするのは忘れていたような気がして。

ああ、自分も人並みに話せるのかと、何処か他人行儀な感じに気付く。


「『あたしなんか』なんて言わないで。

 舞は周りの人とは違う。

 自分をしっかり持ってる人なんだと思うよ。

 クラスの人達は嫌われたくないからとか、独りになりたくないからとか、そんな小さな理由で周りに合わせながら過ごしてる。

 それって、楽しいのかなって思う。

 けど、舞は周りのそれらを気にせず、自分らしく生きてるじゃない。

 なかなか出来ない事だよ」


右手で頬杖を付きながら、優しい口調であたしに話してくれる。

その声が、あたしの心の傷を優しく撫でてくれるのが解る。

なんて心地いいんだろう。


「舞はもう独りじゃない。

 私という、うるっさい奴が『友達』になったんだからさ。

 これから騒がしくなるから、覚悟してね」


右目をパチンと瞑り、所謂ウインクをされた。

また胸がときめく。

泣いたり、ときめいたり、何だか1人で忙しい。


そっと伸ばされた彼女の左手が、あたしの頭に添えられた。

ゆっくりと左右に動き、あたしは成すがまま頭を撫でられる。



「大丈夫、独りじゃないよ」



力強い声で、それはあたしの心にしっかりと届いた気がした。

沸き上がる安心感が、心から溢れてしまいそうな程だ。


暫く泣き、漸く落ち着き始めた。

その間、彼女はずっとあたしの頭を撫でてくれていた。

家族以外の誰かに、頭を撫でられたのも初めてだ。


「もうちょいしたら下校時刻だし、もう少ししたら行こっか」


「あ、あたしは大丈夫だから、瞳さんは先に帰って平気だから…」


「そんなつれない事、言わんでよ。

 ねっ?」


けして押しが強い訳ではない。

強すぎず、弱すぎず。

押し付けにならない程度の言い方。

気遣い上手だし、あたしをちゃんと見てくれている。


荷物を纏めて図書室を出ると、廊下はとても静かで、残っている生徒は自分達だけのようだ。

足音が酷く響く。


「日中はあんなに騒がしいけど、こうやって静かな校舎もいいもんだね」


そう言って、彼女は笑った。

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