第3話

パラッ


パラッ


本を捲る音が、やけに大きく聞こえた。

けして嫌味な音ではない。


然り気無さを装って、ちらりと彼女の顔を見てみる。

いつも外で練習しているものの、その肌は他の運動部の人より白かった。


視線を下に向けている為、睫毛の長さや生え具合までよく解る。

左手で頬杖を付きながら、静かに文章を目で追っていた。


いつも友達と楽しそうにしている彼女が当たり前だった事もあり、こうして静かに読書をしている姿は、なかなかどうしてレアだなと思った。

友達は、こんな彼女の姿を知っているのだろうか。

もし知らないのであれば、あたしだけの特権だが、特にその特権を自慢出来る人はいない。

言うなれば、宝の持ち腐れというやつだろうか。


「どうしたの?」


あたしの視線に気付いたのか、顔を上に上げ、あたしと視線を合わせる彼女。

いきなりの事に、あたしはあたふたしてしまい、瞬時に顔が赤くなったのが解った。

恥ずかしさが込み上げてくる。


「あ、いや、その別に…」


どんな事を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか解らなかった。

頭の中はキャンバスの如く真っ白で、何を考えればいいのかも解らないくらいだ。

あたしがこんなにどぎまぎするのも珍しい。


「飯田さんは、どんな本を読んでるの?」


あたしの名前を知っていた事にも驚かされた。

隣のクラスだし、関わる事も無かったし、誰かに紹介された訳でもないのに。

戸惑いは驚きに変わった。


「あ、あたしの名前、知ってるの?」


振り絞った言葉は、やや片言だったかもしれない。

緊張している事が、バレたかもしれない。


「うん、勿論知ってるよ、飯田舞さん」


何で知ってるかまでは、教えてくれなかった。

返ってきたのは、柔らかい微笑み1つ。


待て待て、どんな本を読んでるのか聞かれたのに、何で自分の名前を知っているのかを尋ねてしまった。

彼女の質問の答えになっていない事に、やっと気付く。


「あ、あたしが読んでるのはこれ…」


近く実写映画化される、ミステリー小説だった。

暫く新作を出していなかった著者の、久々の当たり作品。

最近は映画化される事もあり、テレビでも携帯のニュースでも度々見かける。


著者の作品は前から好きだったし、これまで出した作品も文庫本で持っている。

ハードカバーを買うのもいいのだが、自室の本棚事情により、文庫本の方がよろしいのだ。

幅も場所も取らないし。

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