第2話

窓の外から運動部達の声が聞こえる。

そして、外の優しい風がカーテンを揺らす。

この空間がとても好きだ。


背中に夕陽を受けながら、今日もあたしは文字に目を向けていた。

規則的な文字を辿り、作者の癖のある文章やストーリーを楽しみながら、本の世界に没頭していた。

それはいつも通りの事だった。


…人の気配がする。

気付いたあたしは、ふと文字を追い掛けるのを止めた。

ここには誰も来ない為、もしかしたら自分の気のせいかもしれない。


…いや、誰かいる。

棚から本を抜き取る音が聞こえた。

誰だろう。


椅子に座ったまま、体を左右に動かしてみるも、その人物を捉える事は出来なかった。

立ち上がって見に行くのは不自然だろうか。

どうしようかと悩んでいると、棚の端から人が見えた。


「あ、いたんだ…」


少年のような出で立ちのその人は、隣のクラスの橋本瞳だった。

髪は全体的に短いが、襟足はほんのり長い。

所謂ウルフカットと言われる髪型をしている。

背は高く、脚も長い。

すらりと伸びた脚には、程好い筋肉が。


彼女は陸上部のエースで、先輩からも後輩からも慕われているし、校内の人気者として名高い。

女子校故か、ボーイッシュな女子は比較的人気だが、彼女の人気は計り知れない。


気取らず、誰にでも優しく、友達も多い。

食堂で見かける事があるが、大概沢山の友達に囲まれている。

そんな彼女が、どうしてこんな場所にいるのだろう。


「ごめん、誰もいないかと思ってさ」


頬を軽く指先で掻きながら、謝罪を述べた。

何に対しての謝罪かは解らなかった。


「ここ、いいかな」


頬を掻いていた指で、あたしの前の席を指差す。

他にも腐る程席はあるのに、どうしてあたしの前なのだろう。


返事をしないでいると、彼女は困ったような笑みを浮かべる。


「迷惑だったよね、ごめん。

 離れた席に座るね」


また謝罪された。

どうして彼女は先程から、謝ってばかりいるのだろう。


「…良ければ、その、どうぞ」


乾いた声でそう返すと、彼女は子供のような笑みを浮かべ、椅子を引くと静かに座った。

そして、手に持っていた本をテーブルにそっと置いた。

その本は、この前あたしが読み終わった本だった。


「邪魔にならないよう、気を付けるから」


嬉しそうな顔をしながら、あたしにそう言う。

あたしは軽く頭を下げると、視線を本に戻した。

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