第86話

それまでは花火に目を奪われていたのに。

今は左隣に座り、こちらに優しい笑みを浮かべる先生に目を奪われてしまった。

先生は優しくあたしの頭を撫でていたけど、我に返ったのか、急にオロオロし始めた。


「ご、ごめん!

 何か、その、あの…上手く言えないけど、調子にのってごめん!」


慌ててあたしの頭から手を退かす。


「何で謝るの?」


「いや、何か…うん…」


顔が赤くなったまま、先生は目をそらした。


「その、ごめん…」


また謝られてしまった。


「あたしは涼ちゃんに撫でられるの、好きだよ」


あたしの言葉を聞いた先生は、ゆっくりと目線を合わせてきた。


「涼ちゃんは優しいね」


「優しくなんかないさ」


時折視線を泳がせながら、あたしの言葉に返答する。


「ほ、ほら、花火の写真撮るんだろ?

 早くしないと終わっちゃうぞ」


どぎまぎしたまま先生は、ポケットから煙草と携帯灰皿を取り出した。


「あ、浴衣に匂いが付いちゃうか」


そう言うと、取り出したばかりの煙草と灰皿をポケットに戻した。


「洗えば匂いは取れるんじゃない?」


「まあ、そうだけどさ。

 白石に煙草の煙がいっちゃうし」


気を遣ってくれてるようだ。


「あたしは別に煙草の煙には慣れてるし」


先生をちらりと見る。


「それに、涼ちゃんが煙草を吸うところを、見てるの好きだから」


本音を語ってみる。


「喫煙者は嫌われ者なんだがなあ」


先生は少し照れながら笑う。


「煙草を吸ってる時の横顔が、凄く好きなんだ」


更に本音を語ってみる。

先生は先程と同じように、顔を真っ赤にした。


「そこまで言われると、逆に吸いづらいよ」


「そうなの?

 とにかく、気にしないで吸って」


あたしの言葉を聞き終わると、再び煙草と灰皿を取り出した。

先生は箱から煙草を1本取り出すと口に咥え、ポケットからジッポを取り出し、火をつけた。

深く吸い込んで吐き出した煙が、空の花火をほんのりと白く掠める。


たまに「煙草を持ってる手が好き」だと聞いたりするけど、あたしも好きだ。

先生の手はあたしより少し大きくて、綺麗な手をしている。

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