第80話

漸く口元をティッシュで拭った。

そして、再びビールを飲む。


「世間だとか、立場だとか、細かい事は気にする必要はないんじゃないかな。

 誰かを好きになる事に、許可を取らなきゃいけない訳じゃないんだし。

 涼ちゃんが『この人だ!』って思った人を、大切にすればいいんだから。

 恋愛なんて、固く考えちゃだめだよ。

 あれこれ考えてたら、何も出来ないし動けなくなっちゃう」


それもそうだ。

確かに考えすぎはよくない。

始まってもいない事を、ぐだぐだ考えても仕方がない。


「白石ちゃんが涼ちゃんをどう思ってるかは解らないけど、少なくとも嫌いじゃないのは目に見えてるんだから。

 焦らずゆっくりと向かい合っていけばいいんじゃない?」


私の気持ちを見透かしているのかいないのか、先程から的確な事ばかりを言ってくる。

里美には到底敵わない。



「涼?」


花音の声で我に返った。


「あ、ごめん。

 ちょっと考え事してた」


「も~」


頬っぺたを膨らます花音の頭を撫でる。


「怒るなよ~」


「怒ってないもん」


これくらい素直になれたら、もう少し楽になれるんかな。

大人になると、頭であれこれ考えすぎてしまい、1歩を踏み出す事に躊躇ってしまいがちだ。


「で、涼は雪乃ちゃん好き?」


「ん~?

 私は……」


言い掛けたところで。


「雪乃ちゃんのお着替え終わったよ~っ!」


茉莉が戻ってきた。

やたらテンションが高い。


「雪乃ちゃん、最高の仕上がり!

 ほらほら、早くこっちにおいで!」


茉莉に手を引かれ、やって来た白石は、言葉通り「綺麗」だった。

いつも下ろしている髪の毛をきちんとアップにしていて、顔は化粧が施され、大人っぽさが増していた。

浴衣が白石に似合っているのか、白石が浴衣に似合っているのか。

一瞬で白石に釘付けになった。


照れているのか、恥ずかしそうに佇んでいる白石は、時折私の方をちらりと見やる。

視線が合う度に、照れくさいのは何でだろう。


「ど、どうかな」


白石は小さな声で、私に意見を求める。


「いや、あの、その…。

 うん、すげ~綺麗だよ」

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