第76話

気付いたら2時間程経っていた。

空も茜色に染まり始める。


「お、もうこんな時間かあ。

 ちょっと気温も下がってきたし、そろそろ祭りに行こうか」


先生は花音ちゃんをプールから上げると、茉莉さんに渡す。

花音ちゃんはバスタオルに包まれ、そのまま全身を拭かれていく。


「まだプールで遊びたい~」


「また明日遊ぼうね。

 プールはそのままにしておこう」


花音ちゃんを拭きながら、茉莉さんが答える。


「あ、ねえねえ雪乃ちゃん」


「はい、何でしょう?」


茉莉さんに声を掛けられた。


「お祭りも花火も行くんでしょ?

 どうせなら、浴衣着て行ったら?」


「あたし、浴衣は持ってきてないです」


そもそも、浴衣は持っていないし。


「あたしが昔着てた浴衣があったから、それ貸してあげる!

 お母さん、浴衣まだあったよね?」


「確かあった筈…。

 ちょっと待って、探してみるから」


お母さんは家の中へ戻り、そのまま何処かに行ってしまった。


「身長もあたしとそんなに変わらないし、多分着れると思うよ。

 着ないままじゃ勿体無いし、雪乃ちゃんさえ良かったら着てほしいな」


先生をちらりと見てみる。


「茉莉もこう言ってるし、折角だし着れるなら着てみたら?

 大丈夫、迷惑なんて掛けてないよ」


そう言って微笑んだ。

いいのだろうか。


「あったわよ~」


お母さんが浴衣や帯等を持って戻ってきた。


「こんな浴衣なんだけど、どうかしら?」


浴衣を広げてくれた。

浴衣は綺麗な藍色で、所々に花が描かれている。

帯はやや薄目の黄色だった。


「ちょっと羽織ってみたら?」


茉莉さんに促され、お母さんがあたしに浴衣を羽織わせてくれた。


「お、いいじゃん!

 雪乃ちゃん、似合ってるよ!」


褒められ慣れていない為、何だか恥ずかしい。


「うん、似合ってるよ。

 着させてもらいな」


先生が嬉しそうに言う。


「じゃあ…着させていただいてもいいですか?」


あたしの言葉に、お母さんは嬉しそうに笑う。


「勿論よ!

 じゃあ、あっちで着替えましょうか」


「髪の毛はあたしがやってあげる!」


茉莉さんも楽しそうだ。

あたしも楽しくなってきたと同時に、嬉しくなった。

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