第56話

あたしが風邪を引いた時、何気なく話した家族の事。

話を聞き終わった先生は、あたしを抱き締めてくれた。

その時とは違う。

状況が違うせいもある。


暗闇の中

2人きり

ベッドの上


こんな事から、連想してしまう事。

イヤらしい意味じゃなくて。

でも、その手で触れられたいと思った自分がいて。



あたし、先生の事、好きなのかな。



人を好きになるっていうのは、あまりよく解らない。

今までは「付き合って」と言われたら、それとなく付き合ってきただけだから。

そう、恋愛感情の持たない付き合いばかりだった。

寂しさを埋めたいだけの「付き合い」

ちゃんとした恋愛なんてした事がない。


僅かな時間、先生と温もりを分け合った。

何で先生は抱き締めてくれたのかは解らない。

けど、嬉しかった事は事実。

あのまま何時間でも、抱き締め合っていたかった。


耳元で名前を呼ばれただけで、あたしの胸は熱くなった。

耳もきっと熱かった筈。


駄目だ、思い出すだけで胸の辺りが苦しくなる。

朝から心と頭が動きすぎて忙しい。

体がついていけていない。


そんなあたしを知らずに、先生は呑気に眠っている。

この寝顔を見れているのは、学校の中でもあたしだけだろう。


先生のファンがいっぱいいる事は、希美から聞いていた。

そんなファンを押し退けて、あたしが独占している。

ファンが聞いたら、きっとあたしは酷い目に遭わされるだろう。


体を動かし、先生の顔をまじまじと見てみる。

綺麗な肌。

やわらかそうな口唇。

筋の通った鼻。

やや上がり気味な眉毛。

眠っている顔は、少年のようにも見える。


と、先生が動いた。

あたしは強く抱き締められる。

動けなくなる。

先生との顔の距離が、一気に縮まる。


また心臓が騒ぎ出す。

ドキドキが止まらなくなる。

先生の体温が、あたしの体温を上昇させていく。


先生の目蓋が静かに開いていく。

微睡んだままの瞳が、あたしを捉える。


「…おはよ」


先生は低い声で囁く。


「…おはよ」


あたしは声を絞り出す。


「……あっ、ごめんなっ!?

 おもっくそ抱き締めちゃってたな!」


先生は目を見開き、慌ててあたしを解放する。

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