第53話

「手、離して下さいな」


「…やだ」


どうしたもんか。

片手をついて、上半身を起こしてみる。


「ほれ、寝ようよ」


暗いから白石がどんな顔をしているのかは解らない。

ただ、白石の顔が近くにあるのは解る。


目が暗さに慣れてきたのか、何となく白石の顔が見えてきた。

真っ直ぐに私を見つめている。


心がときめいた。

何でときめいた?

いやいやいや、ちょっと待て。

自分はどうしたというのだ?


繋がれていた手が解放されたかと思うと、白石は私の首に両腕を回してきた。

無言が続く中、お互いの呼吸の音と、時計の針の音だけが響く。

そして、知らぬ間に早まっていた鼓動。

この静寂の中では、脈打つ心音を白石に聞かれてしまいそうに思えた。


「白石?」


からからの喉で、何とか名前を呼んでみる。

が、相手の反応はない。


「どうした?」


覚束ない目は、何とか白石の顔を映し続ける。

いつの間にか、私は白石の腰を両手で支えていた。

細い腰だな、と思った。


片方の手で、先程の白石のように、白石の頬に触れてみた。

やわらかな頬。

親指で下唇をなぞってみる。

ふっくらとした口唇は、触り心地がいい。


「涼ちゃん…」


ゆっくりと名前を呼ばれる。

その声は、とても艶っぽかった。

また胸がときめく。

咄嗟に頬に触れていた手を離す。


片方の手はベッドに、片方の手は白石の腰に。

私はどうしたらいいのか解らず、動けずにいた。


それから長い沈黙。

いや、長く感じただけで、そこまで時間は経っていないと思う。


白石が静かに抱き付いてきた。

相変わらず私は動けないでいる。

こんな時、どうすればいいんだ?


白石の頬と、私の頬が触れあう。

私の頬の熱さが、白石にバレてしまった。

恥ずかしくて、更に熱を帯びてしまう。


「…ちょっとだけ、こうしてたい」


耳のすぐ近くで、白石の声がする。

きっと私は、耳まで真っ赤だろう。


腕に力を入れたのか、更に強く抱き付いてきた。

…白石は今、どんな顔をしているんだろう。


白石はベッドに両膝をつきながら、私を抱き締めている。

私は成す術もなく、固まっていたが。

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