第36話

「で、腕をほどいてくれると嬉しいんですが…」


「もうちょっと…このままだと嬉しいです」


自分でも何を言っているのかと思った。

けど、このまま離れてしまうのは、少し寂しかった。


「…しゃ~ないなあ」


先生は諦めたのか、それ以上の事は言わなかった。

代わりに。


「白石、甘えるってこういう事だよ。

 こういう事を出来る人、見つかるといいな」


「抱き締めてくれる人って事?」


「そんな感じ?」


あやふやな言い回し。

いまいちよく解らない。


「先生は誰かに甘えたいとか思わないの?」


「思う時もあるけど、相手がいないからなあ」


先生も彼氏がいないんだ。


「彼氏いないの?」


「別れちゃったからなあ。

 今は気ままに1人を満喫してるよ」


「…寂しくないの?」


「今のところは大丈夫かな」


「早く彼氏を作ればいいのに」


すると、先生は少し考え込んだ。


「ん~、めんどいから暫くはいいや。

 それにさ、寂しいから彼氏を作るとか、そういう考えはないかな」


「何で?」


あたしは寂しいから彼氏を作ってきた。


「好きだから一緒にいたいというか。

 寂しさを紛らす為に、誰かといたい訳じゃないというか。

 上手く言えないけどさ、好きだから一緒にいたいかな」


そんな考えを持った事はなかった。

寂しいから誰かと一緒にいたくなるものじゃないの?


「白石も、『こいつの事好きだし、一緒にいたい』って思えるような人と出逢えるといいな」


そう言って、あたしの頭を撫でる。


そんな人と出逢えるだろうか。

出逢ったら、あたしはどうなるのだろう。

少しは変わる事が出来るだろうか。


そんな人と出逢ったら、先生と関わる事が減ってしまうような気がする。

それはちょっと嫌かもしれない。


…何で嫌なんだろう。

考えてみても、それらしい答えは浮かばない。


「あたしは…。

 あたしももうちょっと1人でいいかな」


「白石は可愛いし、綺麗だから、すぐにいい奴が見つかるさ」


先生の顔を見つめてみる。

見つめ返してくれる瞳が、あたしを映している。


心の何処かで、何かが生まれた気がした。

それはまだ解りそうにない。


先生から目をそらすと、もう1度先生の胸元に顔を埋めた。

すると、先生は優しく抱き締めてくれた。


今はまだ、このままでいい。

このままがいい。


心の中で、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る