第16話

苦痛に顔を歪めた元カレ。

腕は反対側を向き、もう少ししたら折れそうな勢いだ。

余程痛いのか、いつの間にかあたしの手を離していた。


「女の子に手をあげるのはよろしくないんじゃない?」


先生だ。

鋭い目付きのまま、後ろから元カレの腕を反対側へと持っていく。


「はっ、離せっ!」


「目上の人間に対する口のきき方も知らんのか?」


素早く元カレの手を離すと、襟元を掴み、そのまま後ろに引き摺り倒した。

先生はあたしの側に来ると、あたしに背を向け前に立った。


「な、何だよお前!」


「人に名前を尋ねる時は、まずは自分から名乗るのが礼儀だろ?

 そんなんも知らんの?」


「うっせえよ!」


「てか、この子に何か用?」


「か、関係ねえだろ!」


「大いにあるに決まってんだろ。

 ホテルがどうのこうの、って言ってたよなあ」


元カレが一瞬口を紡ぐ。


「同意のない性行為は犯罪って知ってる?」


何も言い返せない元カレは、苦虫を噛んだような表情になる。


「忠告な。

 金輪際この子に近付くな。

 次はこんなんじゃ済まさないからな」


先生がどんな顔をしているのかは解らない。

けど、声はいつものあっけらかんとした声ではない。

怒気に染まった声。


「くそっ!」


立ち上がった元カレは、そのまま走って逃げて行った。

それを見届けると、先生があたしの方に体を向けた。


「大丈夫?」


さっきの鋭い目付きではない。

いつもの目付きに戻っている。

声もいつもの声だ。


「うん…大丈夫」


「さっきの奴、誰なの?」


「この前別れた元カレ」


「そっか…。

 怪我はない?」


力強く掴まれていた手首が、まだ少し痛い。


「ん、大丈夫…。

 それより、どうしてここにいるの?」


「あ~、そうそう」


先生は何かを思い出したかのように、着ていたジャケットのポケットに手を入れた。


「ほい、忘れもん」


ポケットから出てきたのは、生徒手帳だった。

鞄のポケットに入れといた筈だったのに。

何かの拍子に落ちたのだろうか。


「掃除してたら床に落ちてたんだ。

 で、まだ近くにいると思って、校門を出たらちょうど白石の後ろ姿が見えたから追っ掛けてきたんだよ。

 やっと追い付いたら、あんな事になっててびっくり」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る