第70話

元春は、きょとんとした。


ニヤッと笑おうとしたみたいだが、

まじめな口元になった。


「うん。そうだね。

その前に、美々子がぼくの姉たちに、

ポスターのことをきちんと断ったろう。」

 

ああ、あのことか、と私は思い出し、うなずく。


「演劇部の誘いからもさらっと逃げたし。

それで、ぼくは、美々子を信頼することにしたんだ。」

ふうんと思う。


「それで?」

「ぼくは、姉たちに支配されていた。精神的にだけど。

彼女たちは、きちんとした考えを持っていて、

それは、素敵な思想かもしれないけど、

ぼくで実験をしてたんだ。」


「実験?人体実験みたいな?」と言うと、元春は笑った。


「あはは。違うよ。

ま、ぼくが女性を敬う男性になるように、って育てたってこと。」


「あ、なるほどね。確かに。元春、できすぎだもん。」

「でしょ?」と、にっこり。


「姉たちに悪意はないし、いいことだからそれはいいのだけど、

ぼくも思春期になって、色々悩むようになってきた。


でも、姉たちは、ぼくの変化を知りながらも、

ぼくをコントロールしたまま、放してくれなかった。」


「それで、胸の大きい彼女たちと付き合ったりしたのね。」


元春は、ちょっとびっくりした顔で私を見た。

「やっぱり、美々子はすごいね。」

「でしょ?で、それがミス3年とどういうかかわりがあるの?」


元春は、ちょっと言葉を切ってから、言い出した。

「ミス3年は、姉の演劇部の後輩なのでよく家に来てたんだ。それで。」


「ま、まさか、元春に手を付けたとか?」

「手を付けるて。」と、元春は、笑った。


「でも、近いかな。

彼女は察しがいいから、

姉たちがぼくを精神的に支配しているのに気づいたんだ。

そして、同じことをぼくにした。

ただ、姉たちと違うのは。」


「手練手管を使ったわけね。」

「美々子、言うことがいちいちおっさんくさいよ・・・。

でも、そのとおり、思春期真っただ中のぼくが、それを無視できるはずがない。

すれ違いざまに、何気に触れたりするんだ。

ぼくは、おかしくなりそうだった。」


「え~~、いいなあ。前に私も触られたけど、

天にも昇る心地だったよ。」


「美々子、きみには、道徳心がないのかな。

禁欲的って言葉は、きみの辞書にはないのかね。」

「ないよ、そんなもん。で?」


「それだけ。」

「へ?それだけ?えっと、押し倒されたり、

無理やりキスとか、そういうのは?」


「美々子・・・。やはり病院で検査してもらおう。

年頃の少女がそんなお下品な。」

と、元春は、両手で顔を隠した。


そして、顔を隠しながら、

「蘭丸のことを教えて。」と言った。

声がくぐもっていた。



私は、元春に、背を向けて話し出した。


「蘭丸は、蘭丸はね、

私のママだったの。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る