第68話

私は、半狂乱になった。


蘭丸、蘭丸と叫びながら、家じゅうを探した。


父を見て、

「まさか、ママがもう帰ってきたの?

蘭丸がいない。蘭丸が、消えた!」と叫んだ。


「美々子、落ち着きなさい。」と言う父に、私が言ったのは、

「もう、催眠術はかけないで。

蘭丸を忘れるのは嫌!」というものだった。

 

父は私を悲しい目で見て、そして優しく言った。

「美々子、蘭丸君の手紙があるよ。」

 

ダイニングテーブルに、蘭丸の字で、

封筒に、「美々子へ」と書いてある手紙があった。


私は震える手で封を破った。


 

「美々子。ごめんね。ぼくはやっぱり一人で行きます。

美々子を連れていくことで、パパやママを悲しませたくない。


パパには、前から、パスポートを用意して、と頼んであったんだ。

パパはほら、そういう人ともつながりがあるだろう。

何も聞かずに、用意してくれた。20歳って設定で。


お金もたくさん持たせてくれたよ。

なくなったら、送金もするって。

パパらしいよね。やさしくて、実際的だ。


ぼくは、インドに行こうと思う。

美々子には、インドの神様にピンとこない、と言ったけど、

本当はちょっと何かを感じたんだ。


インドじゃないかもしれない。

ギリシャの神々の一人かも。


ほら、僕ってこんなに美しいし。


色々巡ってみようと思う。

どこかで何かが見つかるだろう。


僕という美少年の存在理由が。

 

元春には、また入院するって言ってある。

彼は泣いた。僕にすがって泣いたよ。


僕の病気を代わってあげたい、

とまで言ってくれたんだ。


どうか、美々子、彼を慰めてあげて。

悲しまないように、笑わせて。


ふたりが1塁ではしゃいでる姿を思い出すよ。


僕の大好きな二人には、

いつも笑っていてほしい。

 

行く先々で、手紙を書くよ。

ネットは使わない。

時代遅れのやり方で、旅をしようと思う。


ま、どこかの国で、王族に見染められて、

宮殿を建ててもらうかもしれないしね。


建ててもらうだけの価値は、僕にはあるよ。


では、元気で。

きっと会えるよ、また。」


私は、手紙を読んで、

泣き、笑い、あきれ、そして怒った。


でも、落ち着いたのは確かだった。

蘭丸らしい、と思ったりもした。

 


手紙をゆっくりたたんで、封筒に入れ、私は父を見た。

「父さんは知っていたのね。」


「ああ、美々子、申し訳なかったね。

蘭丸君に口止めされていたんだ。

彼はもうずいぶん前から、決心していたようだ。

最後に美々子や元春君と過ごせて、彼は本当に感謝していたよ。」

 

それを聞いて、私は、また泣いた。


今度は、静かに静かに泣いた。


 


しかし、学校のみんなは、大騒ぎだった。

二学期が始まり、蘭丸が転校したと聞いて、

みな大ショックだった。

 

私に詰め寄る子も何人もいた。

そうこうするうちに、また病気が再発して入院したらしい、

といううわさが流れ始め、もう誰も私に、問い詰めなくなった。

 

また、元通りの学校に戻りつつある。

 


だが、土屋君は違った。

 

彼こそ、私以上に苦しんでいた。

そして私の苦しみも知っていた。


だから私たちは、お互いを慰めることで、

苦しみから逃れようとした。

 

土屋君は毎日私の家に来て、

二人で、蘭丸の話をした。


母が戻ってきていたので、私の部屋で、

二人でベッドに座って、蘭丸を思い出していた。

 

夏休み、3人でここで過ごしたことが、痛いほど思い出された。

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