第65話

私は、病院の母に会いに行った。


母は少しやせていたが、変わらず美しかった。


「ママ!」と叫んで、私は母に飛びついた。

涙が止まらなかった。

嬉しい涙と切ない涙が、私の中でせめぎ合っていた。


「ジジ!顔を見せて。」

と、ママは、私の顔を両手で挟んだ。

「蘭丸君から見つめるジジと、また違うわ。

ジジ、あなた、大人になったわね。」と、ママが微笑む。


「ママ、ママは全然変わらないわ。

お化粧してなくても、そんな病院支給のパジャマ着てても。」

「あはは。ジジ。嬉しい。ありがとう。」


私はベッドの横の椅子に腰かけて、ママに持たれかけた。

ママは、私をぎゅっと抱いた。

 

大好きな大好きなママ。

でも、ママが帰ってくると、蘭丸は消えてしまう。

 

私は、起き上がって、ママを見た。

ママが家に帰って来たときには、もう私はいないのだ。

ママはどんなに悲しむだろう。


「ママ、ごめんね。私のせいで。」と、小さくつぶやくと、

ママは川に起きたことだと誤解したようだ。


「ジジは、何も悪くないよ。偶然が重なっただけ。というか、

ママが川を見に行こうなんて、ジジを誘ったから、自業自得ね。」

と、しんみり言った。


「さ、もう帰ろう。まだそんなに長く面会したらだめなんだ。」

と、父が言った。

私と母が一緒に父を見る。


「でも、すぐだよ。もう1週間もしないうちに、退院だ。」

と、父が言って、私達に微笑んだ。


母は喜びにあふれた顔をしていたが、

私は顔が曇るのを必死で隠して、笑顔を作っていた。



「1週間。それまで、ぼくと美々子と元春で、思い出を作ろう。

その間、ずっと3人で、ダラダラしてよう。」


「え?元春君も一緒?しかも、ダラダラ?」


「何言ってんだ、美々子。日常通りに過ごす。

これが一番大事なんだ。試験勉強もするぞ。」

「はぁぁぁ?」


夏休みが終わると、すぐ試験がある。

夏休みにどれだけ勉強したのかを「試す」ものだ。まさしく試験。

 

ていうか、もう8月も半ばすぎちゃってるし、

今まで、ダラダラしてきただけで、

教科書の一つも開いていない。


「蘭丸と、愛の逃避行をするから、

勉強とおさらばできると思ってたのに。」


「何が愛の逃避行だよ。

は?まさか、勉強から逃避行したくて、

ぼくと行く、なんて言ったんじゃないだろうね。」


「うわ、バレてるよ。」

「美々子。すぐ元春を呼び出しなさい。

教科書と参考書も持ってくるよう言うんだ。」


「ひえ~~。今日は、ブルース・リーを観るつもりだったのに。」

「お、いいねえ。じゃ、勉強が終わったら、見よう。」

「了解!元春君に電話するわ!」



1週間、私達3人は勉強し、映画を見、本を読んで、ダラダラ過ごした。

感動して、泣いて笑って、アイスを食べ、寝転がって過ごした日々。

 


その間、蘭丸はどんどん透明感が増していった。

もともと絶世の美少年だったが、

ますます美しくなった。神の領域だ。


土屋君もそれに気づき、

「うーん。僕が言うのもなんだけど、

蘭丸、きみ、どんどん綺麗になってない?

外に出ないで家でダラダラしてるせいか、お肌も透明感があるし。

お化粧してるみたい。」と、正直に驚く。


「元春。美しい僕はいやかい?」

と、蘭丸が土屋君を見つめると、もうダメ。


土屋君メロメロ。

腰砕けに砕け切っている。

「蘭丸ぅぅぅ~。超美形の蘭丸、好きだあ!」

 

蘭丸に抱きつく。

蘭丸もしっかり抱き留める。

抱き合う美少年二人。


「これこれ、あんたたち、昼日中から、R18でっせ。警察来まっせ。」

「うるさい。見逃してくれ。ああ、元春ぅ~~」


「いや、ほんと、これ売れるわ。」

私は、スマホで二人を撮影した。

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