第57話

8月に入り、気温もぐんぐん上昇したが、

私たちはエアコンの利いた部屋で、毎日だらだら過ごしていた。


いや、映画も本も日々堪能し、教養は深まっているはずだ。


ママがいないのは悲しいけど、

蘭丸と土屋君の存在が、それよりも大きかった。


こんな美少年二人といつも一緒にいられる女子高生なんて、

日本中探してもどこにもいないだろう。


ネットや雑誌で美少年を見てみる機会もあるが、

このふたりほどのレベルは、そうそういない。


毎日眼福なのである。日々是眼福。


 

そして、蘭丸は、もうすっかり、父の息子におさまっていた。

 

夏休みが始まってから、土屋君がいつもいる状態なので、

父も土屋君の手前、蘭丸をママとして扱わない。

 

父さんは、ママがいないのが寂しくないのかなあ、と思っていたが、

どうも、夜にママが戻って来てるようだ。

ときおり、リビングで父と、ママに戻った蘭丸が

親密な会話をしているときもあった。



いや、昼間でも、ママが時々戻ってくるのは知っていた。

蘭丸が、私をやさしい目でじっと見ている時がある。


この性悪美少年が、エロと意地悪抜きで私をじっと見ることはないのだ。

 

最初の頃は。蘭丸はママだった。

性格も同じだったし。


でも、二人がかわるがわる現れるようになって、

ママのわがままなところや、意地悪な部分を蘭丸が吸い取って、

ママは慈愛に満ちている存在となっていた。

(その分、蘭丸の性悪的性格は、増大していってる。)

 


そして今、ママは夜中に私の部屋に来ることもある。

 

ベッドで寝ていると、ママに戻った蘭丸がそっと私の髪に触れる。

頬を両手でやさしく挟む。


そんなとき、私は寝ぼけながら、

「ママ?ママなの?」と、もぞもぞ動き、

ママの入るスペースをベッドに作る。

ママはそこに入ってくる。


「ジジ」

「ママ、ぎゅっとして。」私はママに抱かれる。


蘭丸の身体だったけど、私は寝ぼけてるから、

蘭丸が男性の身体であっても気にならない。


ママは私を強く抱きしめ、

「ジジ」と優しく呼んでくれる。


「ママ、ママ」と言いながら、

私もママの首に手を回しママに密着する。


私はママに頬ずりする。

ママの柔らかい頬ではなく、

蘭丸の引き締まった頬だけど気にしない。

二人はしばらく抱き合ってる。

 

そして私は、ママに抱かれながら、

小さな子供のように深く安心して、また眠ってしまうのだ。

 

朝になるともうママはいなかった。

蘭丸も元に戻っていた。そういう夜が何度かあった。


 

その夜もママが来て、枕元に立った。

私はいつものように寝ぼけてはいなかった。

 

はっきり目が覚めて、

蘭丸の姿をしているママをベッドに迎え入れた。

そして、抱き合った。


(気持ちいいね。ママ。肌と肌が触れ合うって、気持ちいい。)

と、私は、自分がそう思ってるのか、声に出して言ってるのか、

わからなくなった。

 

ふと、ママの髪が濡れているのに、気づく。

「うわ、蘭丸。蘭丸に戻ったな。」

 

蘭丸は、もう一度私をぎゅうっと抱きしめてから、放し、

「ごめん、美々子。でも、気持ちよかった?」

と、にやにや笑う。


「はぁ?ママは?あんた、いつから蘭丸?」

私は、すべすべの蘭丸のほっぺたを思いきりつねった。


「いてて。やめてよぉ。大丈夫、今さっき戻ったところだし。

美々子が、気持ちいい~とか、言ってたのは聞こえてないよ。」

蘭丸が、頬をさすりながら、せせら笑う。


「出ていけ。ぶっ殺す!」

蘭丸は、小さく笑いながら

「美々子のバーカ。鈍感。」と言って、部屋から出る。

 

蘭丸がドアを閉めたのを確認して、

「鈍感じゃないよ。」と、小さな声でつぶやいた。

 

ママに抱きしめられるのも気持ちいけど、

蘭丸と抱き合うのも気持ちいいんだよ。


私は、少しだけ泣いた。

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