第56話

公園は、ちょっとした舞台のようだった。

 

ブランコに座った姉さまは、

アンニュイに脚を組み、下を向いている。


姉さんはすべり台の上に座り、横顔を向け、

遠くを見る、というポーズを決めている。


蘭丸と土屋君は壁ドンだ。

蘭丸は土屋君を欲望に燃えた目で見つめ、

土屋君は、震えながらも、何かを期待している目をしている。


なんなんだ、この寸劇。


私は、舞台の真ん中で、

セリフを忘れて真っ白になった役者のように、突っ立っていた。



岩佐君は、舞台に魅せられたように、

次の言葉を言えないでいた。


みんなをひとりずつ見ていって、蘭丸を一番長く見ていた。


そして、(やっと)私に気づいた。


「あ、川崎さん。いたんだ。」

いたんだ、って、ずっとおりますがな。目の前に。


「はあ。いてましたけど。」

と不愛想に言ってしまった。


土屋君が吹き出しそうになるのをこらえてる気配がする。

蘭丸の目を必死で見つめて、落ち着いたようだ。

 

いや、もし、土屋君が吹き出したら、あとで姉さまたちに、

めちゃくちゃ怒られるのは、容易に想像できたので、

私もほっとした。


ていうか、なんなの?このお芝居。


「うーん、状況が読めないが、ま、いいか。

急に呼び出してごめん。」

岩佐君も大物である。


この舞台の真ん中で、自分を取り戻した。


「姉が君に渡してくれって。」と筒を差し出した。

卒業証書を入れる筒を長くしたようなものだ。


「開けてごらん。」

「はい。」

 

筒を開けるとポスターが入っている。


こんなふうに入れてあるってことは、よほど大事なものなんだろう。

私は細心の注意をして取りだした。そうっと広げてみる。


大声を出したのは、すべり台の姉さんだった。


上からだと一番先に見えたのだろう。

「それ、○○じゃない!」

と、マニアックな映画の名前を言った。


「え!?うそ。まさか!」

と姉さまもブランコから立ち上がる。


美少年コンビも壁ドンを崩し、やってくる。

 

岩佐君の一人勝ちだった。

 

姉さんは、すべり台を駆け下りて、岩佐君に詰め寄った。

「なんで、こんなレアものが。」

 

勝ち誇った笑顔のまま、岩佐君は、

「姉が会社の倉庫に眠ってるのを発見したんですよ。

ずっと持ってたんだけど、川崎さんに差し上げたい、って。」


「美々子ちゃんに?どうして?」と、姉さま。 


私がもらっちゃ悪いんかい。


「えっと、なんか、ぼくの姉、

美々子ちゃんが気に入っちゃったみたいで。」

と、岩佐君の威勢のいい笑顔が消え、言い訳めいてくる。


ふと、姉さんが我に返り、

「美々子ちゃん、これってすごいのよ。」と、私に言う。


「はぁ。」

 姉さまと二人で、このお宝の価値を説明してくれる。


そんなにお宝なら、と思った瞬間、

「美々子、換金しようなんて考えてるんじゃ、」

蘭丸が言い、ドッキリした私は

「まさか。ていうか、受け取れないよ。」と、岩佐君に言った。


岩佐君は、

「姉がまた、ゆっくり会いたがってるんだ。

返すなら、そのときに姉に返せばいいよ。」

と私ににっこり笑った。


姉さまたちも、みな黙った。


「じゃ、ぼくは予備校があるんで。

ごめん。また連絡するよ。」と、去っていった。


「あらま、スマートな子ね。」と姉さんが言う。


「蘭丸ちゃん、負けちゃうよ?」と姉さまが、蘭丸を見た。


蘭丸は平然と、

「相手にとって不足なしですよ。それに、」と言って、

土屋君を見ながら、

「ぼくには、元春もいるし。」と意味深な笑いをした。


土屋君も、

「おう、まかしときな。」と蘭丸にうなずいた。


「あらら。あなたたち・・。

ま、いいいわ。友情であっても愛情であっても、

深め合うのは素晴らしいことよ。

で、美々子ちゃん?」と私を見る。

「はい。」


「それ、どうするの?お返しするの?」

土屋姉妹が、美しい顔で同時に私を見た。


美少年なんぞより、ポスターが大事って感じで。

 

私はなんだか痛快だった。


「考えてみます。」

と、そっとポスターを丸めて、筒に戻す。


土屋君が私を驚いたように見た。


私は、一人っ子で育ってきたので(双子という設定だけど)、

ま、それの弊害もあるのかもしれないが、

兄弟姉妹との葛藤が無縁だ、という長所もある。

 

土屋君が姉たちを頼る半面、

彼女たちに支配されてきたのも明白だ。


それから逃れるのには、ものすごいエネルギーが必要だろう。

 

土屋君がお姉さんたちの反発を抱くような

「彼女たち」と付き合ってきたのも、

彼なりの反発だったのかも、とふと思った。


 


私たち(美少年コンビと私)は、それからも毎日遊んだ。


土屋君は家に帰るたびに、

ポスターのことをあれこれ言われるそうだ。


「ぼくは、美々子ちゃんの強さが欲しいな。」

と土屋君は私に言う。


「美々子は、なんていうか、人間関係不感症なんだ。

エロには敏感に反応するくせに。」


「うるさい、蘭丸。ま、面倒くさがりってのにも、

利点があるってことなのかも。」


「面倒くさがりに利点があったのか。

ふむ。でも、欠点の方が多いのは確かだよ。

ね、美々子。『料理にひと手間かける』って言葉知ってる?」


最近、料理の面白さに目覚めた蘭丸が得意げに言う。


土屋君がうなずいた。

「あー、わかる。美々子ちゃんは、ひと手間かけないで、

ひと手間抜いちゃってるもんなあ」


「黙んなさい、元春君。

ひと手間はきみたちに残してあるんだよ。

せいぜいひと手間でもふた手間でもかけて、おいしい料理を作ってくれ。


そして、裸にエプロンが、恥ずかしいなら、

短パンで上半身裸、って西海岸ふうでもいいよ。

ほら、夏を満喫しなきゃ。」

と、私は、にたにた笑った。


「おっさん度が、増してるんですが。」

と土屋君があきれ返った。


しかし、なんと素晴らしい夏なんだろう。今年の夏は。

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