第50話

ん?と思うと、土屋君がなんと身を乗り出して、

蘭丸のドリンクホルダーに手を伸ばしてきたのだ。


つまり、私と蘭丸の間のドリンクホルダーに。


だから、土屋君は、

蘭丸に正面から覆いかぶさる体勢になった。


うわ、土屋君、反撃に出たか。


さすがの蘭丸も驚いて、至近距離で土屋君を見つめる。


土屋君は、蘭丸の耳元で、

「ごめん、僕のドリンクがなくなったから、もらうね」と小声で言った。

静かなので、隣の私にもかすかに聞こえた。

 

土屋君と蘭丸は、重なり合い、

ふたりの鼓動が溶け合うぅ~、みたいな雰囲気になった。


しかしそれも一瞬で、土屋君は、すっと席に戻って、

蘭丸の方を流し目で(土屋君も流し目ができるんだ!しかも、蘭丸に負けず色っぽい。

いや切れ長だけに、より艶っぽかった。)見ながら、

蘭丸のドリンクに刺してあるストローを舌で転がした。


蘭丸は、たじたじである。


私は、ひじ掛けをぎゅっと握ってる蘭丸の左手を、ぺちぺちと叩き、

(あんたの負けね)という仕草をした。


蘭丸は、がくっと首を落とした。

 

映画は、激しいラブシーンが終わり、

余韻みたいな場面だったが、

私たち3人は、くすくす笑いが止まらなかった。

 

手で口を押え、必死で声が漏れないようにしたが、

周りの人は気づいているだろう。


そして、思春期の子供たちが、

ラブシーンを見て照れてるんだと思っているに違いない。




映画は、途中で変なことになっちゃったけど

(いや、映画ではなく、私たちだが)、

非常に良い映画だった。


こういう良質作品が、もっと日本でも評価されればいいのに、

と心から思う。

 

ロビーに出ると、みんなが映画のことを話しながら、

やはり私たちを見ている。


これほどの美少年が二人もそろっている、

なんて奇跡的な光景を、素直に目に焼き付けようとしてる感じで、

いやな視線ではなかった。

 

岩佐君のお姉さんが、すぐ私たちを見つけ(なんたって目立つもの)、

駆け寄ってきた。


「いかがでした?」と目を輝かせている。

私たちの評価を聞きたい、というよりも、

どう?映画よかったでしょう、という自信を持った者の目だ。

 

私は嬉しくなって、素直に感想を述べた。

土屋君と蘭丸も、適切な感想を言っている。


おかしな行動をしていた割に、きっちり映画は観ていたんだ、

と思うと、やっぱり嬉しかった。

 

そういえば、蘭丸はママだから、映画好きだし、

土屋君もお姉さんたちの影響を受けているはずだ。


なるほど、この3人を選んだ岩佐君は、センスがいいのだ。

と、あらためて感心する。


「美々子!」と呼ぶ声が聞こえ、

入口を見ると、父がニコニコして立っていた。


「父さん、どうしたの!?」と声を上げたので、

3人とも私を見て、入口の父を見る。


私たちは、父の方に歩いて行った。

「もう終わる頃だろうと、来てみたんだ。

どうだい、映画は楽しめた?」


「ええ。とっても。素晴らしかったわ。

あ、父さん、チケットを下さった岩佐先輩のお姉さまです。

えっと、蘭丸と私の父です。」と、二人を紹介した。


岩佐君のお姉さんは、父と蘭丸とが全然似ていないのも、

気づかないようだった。


普通、皆、ふたりが似ていないことをあれこれ話題にあげるのだが、

お姉さんは、にこにこ挨拶する父に、きちんと恐縮して、

仕事のできる女性と、先輩のお姉さんという若い娘、

とのバランスをとって、上手に挨拶していた。


うーん、やっぱりいいなあ。岩佐姉弟。


「映画の感想をもっと聞きたいのですけど、

お父様がご心配してお迎えに来てくださってるのですもの。

またの機会に、ゆっくりお話しできれば。


いえ、それより、また試写会があれば、チケットお送りしますわ。

今度はお父様もぜひ。」

と、きびきびしゃべり、蘭丸と土屋君には、


「弟の言った通りだわ。

こんな美しい少年たちが本当にこの世に存在するのね。

眼福、眼福。

うふふ。会社のみんなもあなたたちを見ることができて、

幸せそうだったわ。」と、にこにこ笑った。


素直な賞賛を受けて、土屋君は赤くなり、

なんと蘭丸も、嬉しい、という表情をした。


いつもなら、(当たり前でしょ)ってすましてるのに。

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