第48話

駅で待ってた土屋君も、

なんと黒いジーンズに、白いTシャツだ。

ただし、花柄ではなく、ブランドのロゴが入っていた。


「おー。なに、あんたたち同じようなの着て。

しめし合わせてたのね。いやらしい。」

「いやらしいってなんだ。以心伝心だよねー、元春。」


「ほんと、偶然。びっくり。

でも、美々子ちゃんに、もっとびっくり。めちゃ可愛いよ!」


土屋君が、素直にほめてくれたので、私は嬉しかった。

蘭丸が得意げに言う。

「だろ?大変だったよ。」


「え?蘭丸君が、やったげたの?」

「当たり前でしょ。

美々子が、こんな器用なマネ、できるわけがない。」


「うるさい、蘭丸。あんたは、私の下僕なんだから、やって当然。

さ、行くわよ、下僕たち。」

「へぇへぇ、マダム。」


もちろん、電車の中でも、みんながジロジロ見る。

あからさまに称賛の目で見る。


今日は、美少年たちだけでなく、私にも視線が集まるのを感じた。

ちょっといい気分である。三人ともすましていた。

 

私は、いつもの無表情ではなく、自然と微笑んでしまう。

ま、この二人のおかげなんだけど、

それでも、ちょっとアイドルのような気持になって、

心の中では、微笑みどころか、うひゃひゃひゃと大笑いだった。

 

 

試写会会場の受付でチケットを渡すと、

チケットを受け取った女性が、蘭丸と土屋君を見たとたん、

それまで機械的にチケットの半券をもぎ取っていたのに、

急になよなよして、目をパチパチと大きくした。そして、

「ええと、どちらの事務所に所属でしょうか?」と聞いてきた。


私たちが何か言おうとしたとき、

向こうからきびきびとした小柄な女性が、走ってきた。


「蘭丸君たちですか?」と聞く。

走ってきたのに、息も切れてないし、問いかけにも迷いがない。


蘭丸を見ても、媚びたりせず、淡々としていて、

笑顔も営業スマイルである。非常に好感が持てる。


「あ、もしかして、岩佐先輩のお姉さまですか?」

と言うと、その人は私に目を向け、今度はにっこりと笑って、

「はい。あなたは美々子さんね。」と言った。


うん、いい感じ。さすが、岩佐君のお姉さんだ。


「今日は、チケットをありがとうございました。」

と私がお礼を言った。

蘭丸と土屋君は、しゃしゃり出ないことに決めたようだ。

私の後ろで礼儀正しく立っている。

 

受付の女性も、入ってきた人たちも、みな蘭丸と土屋君を見てる。

「あ、今日の舞台挨拶の人たち?」

「舞台挨拶ってあったっけ?」なんて声も聞こえてくる。

 

でも岩佐君のお姉さんは、ふたりに目を走らせたりせず、

私を見ながら、

「弟が、チケットを無理やりお渡しして。」と言うので、


「違いますよ。私たち、映画が好きで、

それはもう楽しみにしてるんです。」と答えた。


それを聞くと、お姉さんは、ものすごく嬉しそうな顔をして、

「ありがとう。マイナーだし、マニアックかもしれない映画だけど、絶対いいので。

それは間違いないので。どうぞ、楽しんでください。」と言った。


ああ、この人は本当に映画が好きなんだ、

と思うと私もすごく嬉しくなった。


「私、この監督について調べてきたんです。

世界の映画祭で賞ももらってるけど、日本にはあまり紹介されてなくて、

でも、予告編だけで、もう素晴らしいのがわかります。」


「きゃああ、美々子さん、ありがとう!

いい人に観てもらえて感動だわ。あとでぜひ、感想を教えてね。

あ、ごめんなさい。もう、席について。

自由席なので、いいところに座れればいいけど。」


会場に入る私たちを、岩佐君のお姉さんは、

ずっと見送ってくれていた。


配給会社のお仕事って大変なんだろうな、

でも、あんなに情熱をもって、仕事ができるっていいな、

と、私は、ちょっとうらやましくなった。



お姉さんは心配してくれたが、いい席に座れた。


ミニシアターで、座席数は少ないが、

椅子は普通の映画館より、ゆったりとしてた。


私が通路側の左端に座り、その横に蘭丸、

蘭丸を挟んで土屋君が座った。

 

上映まで時間があるので、もらったチラシを見ていたり、

スマホをマナーモードにしたりしていた。


すでに先に座ってる人たちが、振り向いて、

蘭丸と土屋君を見たり、ささやき合ったりしている。


「美々子さん。」と声をかけられて見上げると、

通路に、岩佐君のお姉さんがいた。

ストローを差したドリンクの紙コップを三つ、危なげなく持っている。


「これ、適当なのを買ってきたんだけど。」

「わあ、ありがとうございます。」

私たちは喜んで受け取った。


「いい席に座れてよかったわ。じゃあ、楽しんでね。」

と笑って去っていく。

 

私たちは、コップをドリンクホルダーに入れた。

蘭丸と土屋君はもう飲んでいる。

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